大胆な守備シフトで6.29失点を防ぐ。膳所が示したデータ野球の可能性
何度も安打をアウトに変えた膳所の守備シフト
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滋賀県随一の進学校・膳所が59年ぶりに甲子園の土を踏んだ。初戦の相手は攻撃力が自慢で昨秋の北信越を制した日本航空石川。公式戦11試合でチーム打率.382、1試合平均8.73点を叩き出した強力打線を相手に膳所はデータ野球で勝負を挑んだ。
要となったのはデータ分析を専門に行う高見遥香、野津風太の2人。相手チームを研究し打球方向を分析することで極端な守備シフトを可能にした。
その成果は初回の守備から早速現れる。日本航空石川の2番・的場、普通のチームならクリーンアップを打てるだけの左の強打者が力を込めてスイングすると、快音を残した打球がセンター後方を襲う。長打になるかと思われたが深く守っていた膳所のセンター・伊東は難なく追いつく。さらに2死2塁から今大会注目スラッガーの1人、4番・上田の放ったピッチャー返しはセンター前に抜けそうな打球だったが、これも2塁ベース付近を守っていたショートの渡辺が難なく捌く。
3回1死から重吉が放った三遊間真っ二つとなるはずの打球はサード・平井がほぼ正面で捕球し、レフトフライとなった続く井川の大きな当たりも定位置なら抜けていた可能性が高い。4回に先制を許した上田の適時二塁打も、普通なら左中間を深々と破る文句なしの打球だったがレフトは追いついていた。
強力打線に全く臆せず、堂々と強気に立ち向かったエース・手塚の好投も相まって試合はロースコアのまま進む。膳所が初回に2死満塁のチャンスを作っていたこともあり、大番狂わせの雰囲気さえあった。
防いだ失点に換算すると6.29点
大胆な守備シフトはメジャーリーグでは広く浸透している。その有用性を描いた「ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを蘇らせた数学の魔法」(KADOKAWA/角川書店)の中では以下のデータが示されている。
・2013年、パイレーツは極端な守備シフトの採用数をほぼ5倍に増やす。
・2013年にメジャーリーグ全体で変則的な守備シフトが敷かれた回数は7955回だったが、2014年にはシーズンの半分が終わった段階ですでに8800回に達していた。
・2011年に最も多く変則的な守備シフトを敷かれた打者8人を見ると、相手が守備シフトを採用した場合には打率が5分1厘も下がっている。この8人はいずれも長打力のある左打者だった。
・2014年、メジャーリーグ全体の平均打率は.251で1972年以降で最も低い数字。平均得点は2006年の4.85点から毎年下がり続け2014年は1981年以降では最低の4.07点。
膳所×日本航空石川の試合においても定位置なら安打になっていたであろう打球は
初回
的場のセンターフライ(定位置なら二塁打)
上田のショートゴロ(定位置ならセンター前適時打)
3回
重吉のサードゴロ(定位置なら三遊間を破るレフト前)
井川のレフトフライ(定位置ならレフトオーバーの二塁打)
4回
夏川のレフトフライ(定位置ならレフトオーバー2点適時二塁打)
5回
的場のサードゴロ(定位置なら三遊間を破るレフト前)
8回
上田のライトフライ(定位置なら二塁打)
と7本あった。過去の統計から打撃結果の得点価値は数値化されており、それによると単打が0.45点、二塁打が0.78点、凡打が−0.26点となっている。定位置の守備なら二塁打だったはずの打球をポジショニングによってアウトにしたということは、0.78点を−0.26点に変えた、1.04点分の失点を防いだことになる。7本を合計すると6.29点だ。しかも単打が0.45点、二塁打が0.78点というのは平均値。この日の試合の初回と3回のように同じイニングに続けて起こったり、走者のたまった場面では価値が増すだろう。おそらく極端な守備シフトを敷かなければ試合開始早々にビッグイニングを作られ、序盤で勝負は決まっていた。試合展開も考慮すれば膳所がデータ野球で防いだ失点は6.29点以上の価値がある。
後半は日本航空石川打線の猛攻を浴び点差が開いたが、5回までは被安打4で2失点。二遊間のどちらかが2塁ベース後方に、サードが三遊間に、ライトが右中間に・・・定位置から外れると心理的には不安を感じそうなものだが膳所の守備シフトは見事にハマり、強打を誇る日本航空石川を相手に善戦した。
データはあくまでもデータ。戦力格差を覆す劇的な特効薬とまでは言えないまでも、その差を埋める大きなツールとなり得ることを膳所は59年ぶりの甲子園で証明した。