周囲を驚かせた突然の校長就任

今春のセンバツでベスト8入りを果たした福知山成美、準々決勝で敗れた試合後の会見で田所監督は「最後になるのかな」と監督退任の見込みであることを明かした。4月1日付で同校の校長に就任するためだ。

打診があったのはセンバツ開幕の直前、初戦の2日前に当たる3月19日。兼任監督として指揮する道もあったが学校の方針でその可能性は低いという。

グアテマラ経由の地元出身監督

田所監督の球歴は福知山高校~関西大学~日本新薬となっている。大学、社会人で活躍した選手が地元に戻り指導者の道へ。ここまではよくある話だが田所監督の場合には一風変わったワンクッションがある。

1993年、30歳を過ぎた頃、青年海外協力隊に応募し野球の指導者として日本を離れグアテマラへ。少年野球の指導をしながら選手としてもトップチームでプレーを続けた。そしてグアテマラに渡ってから約半年後、代表チームの監督の目に留まりトップチームのコーチに就任する。純粋に野球を楽しむ中南米系選手の姿を目の当たりにし、キューバ人監督と対話を重ねる中で、堅実な内野守備と小技に長けた2番打者の野球観は徐々に変わって行く。

1995年4月、グアテマラで貴重な指導者経験を積み帰国すると、タイミング良く福知山商業(現福知山成美)から教員としての誘いを受ける。そして1996年秋、野球部の監督に就任。当然、北部の無名校に有力選手を集める力は無い。地元の軟式出身の選手を中南米系の考え方を取り入れながら打撃力中心に鍛え上げる。遠くに強い打球を飛ばせるようになった打線は着実に力をつけ、1999年の夏、悲願の甲子園初出場を果たす。初戦で盛岡中央を6対2で下すと、この勝利が京都府勢夏の甲子園通算100勝となるメモリアル星となった。

府内の強豪から全国区の強豪へ

2000年から校名が福知山成美に変更。この頃からは京都府屈指の強豪校としてベスト4の常連となった。毎年、強力打線のチームを作り上げプロ野球選手も輩出、秋や春の優勝回数も増えた。しかし、甲子園まではあと1つ2つが届かない。負けたら終わりのトーナメントで戦う高校野球においては、守備とバントを重視するのがセオリー。

「成美は勝つ時は打ちまくるが脆さもある」

予選で敗退する度にそう言われてもチーム作りの方針は変えない。貫き通した信念が実を結ぶのは初出場から7年後、監督就任からは節目の10年が目前に迫った2006年の夏だった。

2度目の甲子園出場を果たすことになるチームの前評判は決して高いものではなかった。秋は平安(現龍谷大平安)にコールド負け、春は1次戦で公立校相手に不覚を取り、「過去10年で最弱」とまで言われたチーム。夏はノーシードからの挑戦となったが4回戦で平安を1点差で振り切りリベンジを果たすと、準決勝で前年夏の甲子園準優勝校・京都外大西を破る。この試合では後に佛教大を経て中日にドラフト1位指名を受ける大野から、バントをしない2番打者が高めのボール球をレフトスタンドに突き刺す3点本塁打を放ち、成美野球の真髄を見せつけた。この一撃で優勝候補を撃破すると延長にもつれ込んだ西城陽との決勝では、4番のタイムリーヒットで挙げた勝ち越し点を連投のエースが守り抜き7年ぶりに京都の頂点に立つ。

そして、最弱から最強のノーシードへと生まれ変わったチームの快進撃は甲子園でも止まらない。愛工大名電、静岡商業、熊本工業と強豪を次々と撃破し福知山成美となってから初となる甲子園でベスト8入り。「大振りとフルスイングは違う」というノビノビ野球で一躍全国区の強豪として名を馳せた。

3度目の甲子園出場は、2006年に1年生ながらメンバー入りした選手が3年生となった2008年の夏。春の近畿大会決勝で大阪桐蔭を破ったチームは、夏も京都大会準決勝までの5試合を48得点で失点6と圧倒的な強さで勝ち上がる。決勝も初回の猛攻で早々と試合を決め立命館宇治に8対2で完勝。

甲子園では準優勝する常葉菊川に、翌春のセンバツでは優勝する清峰に1点差で敗れ上位進出はならなかったが、全国の強豪とも互角以上に戦える成美野球の底力を全国の高校野球ファンに改めて披露した。

出来ることならこの夏も田所野球を

福知山成美は、そのチームカラーだけでなく練習や環境面においても強豪の中では異色な一面を持つ。来る者は拒まず、のため部員数は毎年100人を超える。それでもAチーム、Bチームという振り分けをせず全員が同じメニューをこなす。平日の練習時間は3時間強、土日でも全体練習は半日で終わる。グラウンドは他クラブと併用で、特にライトはフェンスまでの距離が短く窮屈。学校としての通学圏も広く遠方からの通学生も多い。寮もあるが他クラブや一般生徒との共同生活のため野球部の都合よりも寮の規則が優先される。公立校と比べれば環境面で恵まれているのは間違いないが、甲子園でベスト8入りする強豪校の中では下から数えた方が早いかもしれない。

「どことやってもうちの方がヒットは多いし、勝っても負けても面白い試合をする」

「打順はこの前まではくじ引き。今日は顔の順」

大事な公式戦の前後でも田所監督独特の言い回しは健在で、ノック技術の高さは誰もが認めるところ。ノックバットについたボール跡を見れば打ち損じがほとんど無いことが一目でわかる。

現在も2013年夏、先日のセンバツと2季連続で甲子園に出場中。開学142年の歴史と伝統を持つ中で甲子園出場は6度。もちろん監督は全て田所監督。成美野球=田所野球と言っても過言では無い。

「校長就任」は一般的には栄転に違いないが、京都府北部の無名校を甲子園常連校にまで成長させた道のりを知る者にとっては寂しさがつきまとう。今後の野球部の体制については学校の理事会で決まるとのことだが、どのような結論になるのか。個人的には、兼任監督の可能性はかなり低いと知りながらも、引き続き田所監督が福知山成美の指揮を執ることを強く望んでいる。