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アジアカップ、森保ジャパンは交代策で敗退したのか? 消えた「名将」の幻想

小宮良之スポーツライター・小説家
イラン戦後の森保ジャパン(写真:ロイター/アフロ)

二つの交代策の失敗

 アジアカップ、森保ジャパンが準々決勝イラン戦で敗退した理由には、二つの交代策がある。

 後半に入って、森保一監督はトップ下の久保建英をベンチに下げた。それ以降、ろくに攻撃を作り出せていない。交代策は完全に裏目に出た。

 攻撃ができなくなったことで、守備の負担が増したのだ。

 もう一つ、森保監督はセンターバックの板倉滉を代えるべきだったが、何の手も打てなかった。バーレーン戦でのケガから不調は明らかで、早い時間でイエローを食らったのもあるだろう。弱気はつなぎにも濃厚に出ていた。同点にされたシーンではモハマド・モヘビを見失い、サルダル・アズムンには何度も背後を取られ、逆転弾ではヘディングの折り返しをかぶって、慌てたタックルでPKを献上した。

 交代策のミスは、森保監督本人が認めているほどだ。

 しかし、それは勝負の本質の一部でしかない。

「フットボールは11人のスタメンで、ほとんど決まっている。最高のメンバーとして送り出す。交代なしで戦い切れるなら、それがベターだ」

 世界の名将、ジョゼップ・グアルディオラ監督は師匠であるファン・マヌエル・リージョの教えを実践し、交代に重点を置いていない。サッカーの戦略では一部でしかないからだ。

アジアカップを通じての不具合

 アジアカップを通じ、森保ジャパンは低調な出来だった。

 森保監督の戦略的な準備の問題だろう。何をすべきか、どこにいるべきか、選手たちから確信が感じられない。前線とバックラインが間延びし、前に人が集まり過ぎ、とにかくバランスが悪かった。

 個人の力で打開し、たまたまかみ合うことはあった。例えばイラン戦の先制点では、守田英正がややきついパスを通し、それを上田綺世がキープ、そのリターンを受けた守田が半ば強引にボールを運び、4人を切り抜けた後のシュートを打ちこんでいる。ただ、無理矢理にこじ開けただけで、有力な個人がチームの不具合をカバーしていたに過ぎない。

 その点、イラン戦は典型だった。

 久保建英、守田を中心に攻めたが、波状攻撃につながらず、相手を押し込めない。敵がパワープレーを選び、それを回避するには「攻撃こそ防御なり」に転じるべきだったが、まともに受けるしかなかった。それによってディフェンスは劣勢に回り、FKやCKなどセットプレーをいくつも与え(疑惑のハンドや際どいオフサイドで失点しなかっただけ)、最後は起こるべくしてアクシデントが起こったのだ。

 森保監督は、戦略的な視点を欠いていた。GK鈴木彩艶の起用は典型だろう。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c281f68dfb6b2eb52ce839b50fa1538fbd9b12c9

GK鈴木を起用し続けた森保監督の罪

「経験を積んで、将来成長できる」

 GK鈴木について、そう擁護する声は少なくない。しかし、与えられたポジションでミスを重ねて成長できるのか。目の前の修羅場を無視し、将来など聞いて呆れる。何より代表チームは、最高のパフォーマンスを積み重ねてきた選手が立つべき場所である。Jリーグでずっと控えで、1シーズンを通じて戦ったことがないGKが”不可侵“で守る場所ではない。

「ノビシロ」などというものを持ち出し、大会を戦った結果がこの始末だ。

 鈴木本人の責任ではない。森保監督の起用法の問題である。これは大博打であって、当たったら森保監督の勝ちで、外れたら森保監督の負けだった。

 スッカラカンの結果、チームは不安定な戦いを強いられた。

 鈴木のプレーが落ち着かないことで、ディフェンスラインには相当な負担がかかっていた。背後の不安を拭えない。ビルドアップ、下げるところで下げないような選択まであった。例えばバーレーン戦は、上田がどうにかカバーしようとし、交錯して失点を喫した。端的にあった重大なミスだけでなく、チーム全体をいつも危うい状態にしていた。

 それは、指揮官の頑迷さが招いた負の産物である。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/6c48ce538487e32ef656d89649af62c7a3e47783

 森保ジャパンは、戦いそのものに不具合を生じさせていた。

 交代策は氷山の一角に過ぎない。ディフェンスラインの不安は板倉だけでなく、イランの強力なアタッカーによって、あぶりだされていた。バーレーン戦まで絶賛されていた毎熊晟矢もイランの個人には劣勢で、伊藤洋輝は話にならないレベルだった。

カタールW杯、「名采配」の幻想

 森保監督は穏やかな風貌だが、激しい性分で譲らないところがある。うまくいかなくても、批判されるほど執拗に特定の選手や策を用いる。

 例えば各ポジションに強度のある選手を入れるのも一つだろう。イラク戦では、南野拓実を左サイドに起用し、イラン戦では前田大然を左サイドに起用。右サイドも本来は伊東純也がファーストオプションで、そこは信条通りだろう。スピードや球際の強さのある選手を要所に組み入れることで、戦術的枠組みを補強したいのだ。

「いい守りがいい攻めを作る」

 受け身の戦いを信条とする指揮官らしい。相手の力が上で、”弱者の兵法”で臨む場合、その強度は守備に転用できるだけに、功を奏すこともある。カタールW杯、ドイツ、スペイン戦は典型だった。

 ただ、イランを相手に受け身になるには、今の日本の戦力は”高級”過ぎる。

 欧州のトップリーグで戦う日本人選手たちは、ルベン・アモリム、ミケル・アルテタ、イマノル・アルグアシル、ロベルト・デ・ゼルビ、ユルゲン・クロップなどハイレベルな監督の下で、今や技術やスピードを生かしてアドバンテージを発揮している。強度を生かしたパワープレーを展開する相手に対し、スモールスペースでの駆け引きやテクニックで凌駕することができるのだ。

 ただ、その領域を用いることを森保監督の指揮下では制限されている。

 そこに、森保監督の限界があるのだ。

「(W杯ベスト8になるために)ボールを持つ時間を長くする戦いをしたい」

 カタールW杯後、森保監督は言ったが、昔ながらの受け身体質は変わっていない。当然の帰結だろう。サッカーにおける戦術とは、指揮官のキャラクターそのものだからである。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/4243b5410141dd6a82476bade4cf5449ef51720d

 そもそも、カタールW杯で攻撃を司っていたのは鎌田大地だった。鎌田が「できるだけボールを捨てず、握って攻撃する」という勝ち筋を見出した。攻守をつなげ、戦いを成立させていた(一方の守備では、老練な吉田麻也の檄が忍耐や挽回に影響し、メンタルの面で言えば、そうした存在がアジアカップでは足りなかった)。

 そこに「名采配」の幻想が潜んでいるのだ。

 たら、れば、はある。もし鈴木が最後のPKを止められたら、延長に突入し、イランも攻め疲れを起こしていたかもしれない。そうなったら、膠着状態になる。日本の方が交代カードは残っていたし、PK戦になって、鈴木が英雄になっていたかもしれない。

 しかし、たとえ勝ったとしても、そこに必然はなく、幻想である。

 アジアカップの無残な敗退で、森保監督の進退も問題視される。多くの選手が欧州の最前線の戦術でプレーする中、日本人指揮官に物足りなさを覚えるのは当然だろう。しかし解任はあり得ない。世界のマーケットに乗り込んで監督と交渉するには、相応の経験と語学力と手腕も必要だが、代表チーム強化をマネジメントするダイレクターが、その筋のプロではないのだ。

 そこに行きどまりの回路がある。

 森保ジャパンは今後も浮き沈みを繰り返し、2026年W杯まで向かうのだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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