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森保ジャパンの「苦戦」、トルシエ・ベトナムの「善戦」はなぜ起こったか?

小宮良之スポーツライター・小説家
中村敬斗のスーパーゴールを祝福(写真:ロイター/アフロ)

 アジアカップ、グループリーグが開幕した。

 森保一監督が率いる日本は、元日本代表監督のフィリップ・トルシエが指揮官を務めるベトナムに4-2と勝利を収めている。順当な結果と言える。戦力的な話で言えば、リーグ戦のカテゴリーで言えば1部リーグの上位と3部リーグの下位程度の差はあった。

 しかしながら、試合展開は森保ジャパンの「苦戦」で、トルシエ・ベトナムの「善戦」だったのだ――。

トルシエ魔術に軍配

 トルシエはメンタル面で、単純に素晴らしい準備をしてきた。

「相手をリスペクトしすぎるな」

 そうしたメッセージによって、ベトナムの選手たちは果敢にボールをつなげてきた。もともとボールテクニックは東南アジアでは随一の選手たちだし、体格差で劣るところを補っていた。日本のプレスを外し、ゴールに迫るまではなかなかできなかったが、ポゼッションを守備には使うことができていたし、主導権を完全には渡さなかった。

 トルシエは最終ラインの上げ下げを繰り返させ、中盤とも連動、ダメージを最小限にしていた。前半11分のようなCKからの失点は力の差を考えれば、織り込み済みだっただろう。GKがハイボールにかぶってしまい、こぼれ球を叩き込まれる失態だったが、ピッチ上の選手は動じていなかった。その結果、5分後には奪い取ったCKからニアでフリックし、ゴールネットを揺らした。

 そして33分、ベトナムは左サイドでずれを突く形でゴールに迫り、菅原由勢のイエローカードを誘発するファウルを受ける。それで得たFKからファーサイドのヘディングで競り勝って、折り返したボールを日本のGKが中途半端にこぼしたところを押し込んでいる。まさにメンタルで技術、体力を最大限に出力してもぎ取った逆転弾だった。

「トルシエ魔術」

 かつて言われた策士ぶりを見せつけたと言える。

森保采配の亀裂

 一方、日本は森保監督が用意した手札がはまっていない。ベトナムのボール回しは巧みだったが、プレスの出足がやや鈍い。ひっかけてボールを奪えると、攻撃に勢いがつくはずだったが、空転した。いつでも得点できる、という感覚があったのか。

 カタールW杯前後から、森保ジャパンの攻撃戦術を動かしていたのは、今回はメンバー外になった鎌田大地だ。その彼がいなかったことで、どこか手探りが見えた。最近になって、主軸になった久保建英もベンチスタートで、攻撃の流動性だけでなく、守備でもスイッチが入らなかった。欧州チャンピオンズリーグ、ベスト16に入っているチームの主力は物が違うのは、終盤の登場で明らかになるのだが…。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e34c3a6ba896f2cc1277d5fae9a05c0398329f9b

 森保ジャパンが選手個人に対する比重が高いチームであることは明白だろう。その証拠に、カタールW杯で、日本がドイツ、スペインに対して採用した5-4-1の「弱者の兵法」を前にして、簡単に術中にはまっていた。力量は違うが、コスタリカ戦の苦戦にも通ずる。

 戦いの回路が思うようにつながらず、どこかでノッキングしていた理由は何だったのか。戦術的な破綻、矛盾があったとしか思えない。

GKの起用法

 例えば、GK鈴木彩艶の起用は象徴だった。ポテンシャルで言えば、史上最高の日本人GKと言えるだろう。しかし昨年夏までは、Jリーグ、浦和レッズでレギュラーポジションを奪えていなかった。ベルギー、シントトロイデンに移籍し、ポジションを勝ち取って成長目覚ましいことは間違いない。しかし場数が少ないことで、2失点目のような致命的なミスも出る(確実にキャッチするか、大きく弾き出すか、世界レベルでは戦犯と糾弾されるプレーだった)。

「これを糧に成長を」

 そういうことなのだろうが、代表のレギュラーはそれにふさわしいキャリアを重ねた選手が手にするべきではないのか。

 GKは大型化が進み、日本ではアンダー代表も含めてダブルの選手が重用されつつある。実際、ハイクロスの質の高さに対応するには、体格によってメリットデメリットが出てしまう。しかし正当な競争がなく、「才能」というのを基準にした場合、必ず歪みが生まれる。

 なぜ、鈴木を抑えてレギュラーだった西川周作は代表に呼ばれていないのか?「世界で戦うには、体格が必要」というのは正論に見えるが、実はアジアでさえも、こうしたミスが出る。それが勝敗につながらないのは、ベトナムのGKがもっとひどいミスをしているように、単純な戦力差によるものだ。

優勝以外は失敗

 前半終了間際、日本はたった数分で逆転に成功した。ベトナムが「リードしたまま、最悪でも同点で前半を折り返せる」という油断と体力消耗でラインが間延びし、DFラインとMFラインの間に生まれたスペースに次々に人が入り、パスが通り、南野拓実が同点に成功。さらに中村敬斗がこの大会のベストゴール候補に挙がるだろう一発でひっくり返した。

 繰り返すが、欧州での戦いを重ねている選手たちは、ベトナムの選手たちを完全に凌駕していた。

 称賛を浴びる南野も、もともとそれだけの力はあった。リバプールで継続的な出場機会に恵まれなかったことで調子を落とし、代表でも彼の力を引き出す形を作れていなかっただけである。新旧リバプールコンビの遠藤航とラインを突破するプレーは世界水準だった。

 ただ、後半もチームは停滞気味だった。リードしたことで無理をしなくなったのもあるが、なかなか追加点を生み出せなかった。守備のプレスも、攻撃のコンビネーションもはまっていない。

 結局、終盤に登場した久保が違いを見せる。遠藤、堂安律と渡ったボールを最終ラインの前で受けて前を向く。この時点で勝負あり、で上田綺世の豪快なシュートをアシストしたわけだが…。

 日本は、アジアカップを席巻するだろう。まともに戦えるのは、韓国、オーストラリア、イランくらいか。実力が違い過ぎる。「トルシエ魔術」も、致命傷には程遠く、日本はまだまだ余力を残していた。久保や冨安健洋など多くの選手たちが立っている舞台を考えたら、当たり前の結果でしかない。

 これだけの選手を招集した森保監督は、アジアカップ優勝だけが「成功」である。多くの選手は欧州での試合を「犠牲」にし、戦いに集っている。優勝以外は、監督が糾弾を受けるべき「失敗」と言える。

 戦いの幕が上がった。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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