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久保建英は名将の下で輝く。バスク人監督たちの撓む人間性

小宮良之スポーツライター・小説家
久保建英に指示を出すアルグアシル(写真:REX/アフロ)

 レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)のイマノル・アルグアシル監督は、今や名将の誉れが高い。単なるモチベーターに収まらず、論理的な仕組みを与える中、選手の活躍を信じられるというのか。

「タケ(久保建英)はゲームMVPを4試合連続で受賞しているが、私はまだまだ満足していない。彼はもっといい数字を残せていたはずだし、多くのことを要求すべき能力のある選手なんだ」

 例えばアルグアシル監督はそう言って、選手の発奮を促す。その手綱さばきが絶妙。久保だけでなく他の選手に対しても、厳しい設定値を設けて最大限に力を引き出している。

 久保はアルグアシルの指導を触媒に、トッププレーヤーとなる扉に手をかけている。コンビネーションを重んじたオートマチズムがあるサッカーで実力を開花。さらなる成長が期待される。

 アルグアシル監督はバスク人だ。

 国籍はスペイン人だが、民族的にはバスク人。スペインの北、バスク地方で生きてきた人々で独自の言語、文化を持つ。スペインの中でも異色で、例えば血液型はRHマイナスの割合が遺伝型で60%(日本人は0・5%)だ。

 そのバスク人指導者たちが今、国内外で名声を高めている。

欧州で名声を高めるバスク人監督

 ハゴバ・アラサテはラ・レアルの下部組織スビエタ出身で現役生活を終えた後、監督としてスビエタで指導、2013-14シーズンにはCLでラ・レアルを率いた。その経歴はアルグアシルとやや似ている。昨シーズンはオサスナをスペイン国王杯決勝に導いたが、質実剛健な指導はバスク人らしい。

 エルネスト・バルベルデ監督はバスク人純血主義のアスレティック・ビルバオを率いる。バルベルデは民族的にはバスク人ではないが、バスクで幼少期を過ごし、アスレティックで選手として活躍。勤勉で「バスク人よりもバスク人」と言われ、アスレティックで着実に成果を出しつつある。

 ホセ・ルイス・メンディリバルは昨シーズン、セビージャをヨーロッパリーグ優勝に導いた。選手の力を引き出す慧眼と手腕の持ち主。今シーズンは成績不振で解任されたが、エイバル時代には乾貴士の力も引き出したのは記憶に新しい。

 もしメンディリバルがいなかったら、乾は活躍できなかった可能性が高いだろう。乾が戦術的に未熟で守備に問題があった1年目(プレスをかけるタイミングが周囲と連動せず)、強豪相手ではベンチに置いていた。ボールホルダーの進行方向とパスコースを切って、ボールを下げさせる守備ができるようになるまで、我慢強く適応させていった。

 そして欧州トップリーグで、バスク人指導者は次々に成果を上げている。

シャビ・アロンソはなぜ若くして名将か

 ミケル・アルテタはアーセナルを率い、マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督と伍する攻撃的サッカーを展開。昨シーズンはプレミアリーグでし烈な優勝争いを演じ、今シーズンも首位を走る。日本代表、冨安健洋の多彩なセンスを引き出している点も見逃せない。

 ウナイ・エメリは同じくアストン・ビラを率い、先日はシティを撃破し、戦術家の名声をほしいままにしている。執拗なまでの研究的考察で、そこから生み出す策はオリジナル。ビジャレアル監督時代、久保とはそりが合わなかったが…。

 アンドニ・イラオラは、プレミアリーグのボーンマスで采配を振る。ラージョ・バジェカーノの監督としてスペクタクルなサッカーを実現。指導力の高さは若手監督で一、二を争う。

 そしてブンデスリーガ、レバークーゼンで指揮をとるシャビ・アロンソは、42歳で名将の域に達している。三十代でラ・レアルのBチームを2部に昇格させ、降格危機だったレバークーゼンをシーズン途中で率いてヨーロッパリーグに導き、今季はブンデスでバイエルン・ミュンヘンを抑えて首位だ。

 260万人のバスク人から、これだけの指導者を輩出できるのは驚きに値する。

 独特の文化を持つバスクは、イメージ的にはスペインよりドイツに近い。人々は謙虚さを美徳とし、規律正しく真面目に生きる。例えばアンダルシアは「盗まれた奴が間抜け」という文化だが、バスク人はずる賢さよりも誠実さや努力を評価する。

 バスク人の正義心は、指導者に適しているのだろう。彼らは勉強熱心だし、開拓精神もあるから、海外でも指導者としてアジャストできる。人間として折れそうで折れない、撓みがある。

「結局のところ、本人のパーソナリティだよ。どのように感じ、どんなサッカーをしたいのか。監督はそれが自分の中にないといけない」

 シャビ・アロンソが語った監督論は究極的だった。

「私は子どもの頃から、『もっとサッカーを理解するには?』って、いつも自分に問うてきた。90分プレーして、勝ち負けで終わり、なんてことはあり得ない。どこで何をすればもっと向上できるのか、そのためには何が必要なのか、ずっと考えてきた」

 現役時代から「将軍」と言われた視点とリーダーシップを、監督としても発動させているのだ。

「生まれついての監督か? それはわからない(笑)。でも、生来的なサッカー人だなとは思う。家の外ではサッカーをプレーして、家に帰ったら兄とも父ともサッカーの話をずっとしていた(兄ミケルもレアル・ソシエダ、父ペリコはバルサでもプレーし、スペイン代表だった)。指導を受けた監督の影響も受けてきたが、誰か一人というのはない。結局は自分のパーソナリティが大事だ」

バスク人の不屈さ

 パーソナリティは生きている中で育まれる。

 現在はフリーのジュレン・ロペテギは、サウジアラビアの金満クラブ、アル・イテハドからの年俸1800万ユーロ(約28億5千万円)のオファーを断ったという。プレミアリーグでの成功を目指し、カネには目もくれなかった。

 ロペテギの経歴は、バスク人の不屈さの象徴かもしれない。

 選手時代、GKだったロペテギはレアル・マドリード、FCバルセロナに所属し、常に控えも、心は折れなかった。2部ログロニェスで1部昇格の原動力となった勢いでスペイン代表に選ばれると、1994年アメリカW杯のメンバーにも選ばれた。1部リーグでの実績は乏しいが、いつも最前線にいた不思議な経歴の持ち主だ。

 監督転身後も七転び八起き。FCポルトをCLベスト8に導いた後、スペイン代表を本大会へ導いたが、マドリードとの契約問題で大会直前に更迭。マドリードでもシーズン前半途中で解任される憂き目を見たが、セビージャではヨーロッパリーグ優勝を果たした。その後は再び成績不振で解任され、ウルバーハンプトンでも低調な成績で袂を分かつも…。

 転んでも起き上がるタフさは、巨大な魅力だ。 

 監督とは、人間性そのもの。自らのキャラクターをどこまでチームに反映できるか。その領域において選手の力を引き出す。凡将の下で選手は輝かない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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