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浦和レッズのサポーター乱入騒動。スペインサッカーは「暴力」とどう対峙したか?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

 今年8月、浦和レッズのサポーターがピッチに乱入し、相手サポーターが陣取る席へ雪崩れ込んでいる。100人前後の乱入騒動。死傷者などは出していないが、その様子は物々しく、暴力行為も確認された。

 結果、17人が無期限入場禁止になるなど、処分内容を巡っても社会問題になっている。

 浦和のケースは言語道断だが、彼らだけの問題ではない。

 Jリーグの各クラブは多かれ少なかれ、サポーターとの距離感に難しさを抱えつつある。例えば今年7月、FC東京はサポーターが天皇杯で花火や発煙筒を使用し、制御できなかったことで罰金500万円の処分を受けている。暴力沙汰までいかなくても、ゴール裏では聞くに堪えない罵詈雑言が乱れ飛ぶ。SNSの誹謗中傷は絶えず、最近はエスカレートしている。

 応援をしているのか、自分たちの憂さを晴らし、満足しているのか。境界線があいまいになりつつある。ストレスが増幅する状況で、悪い兆候である。

 Jリーグ全体が、正面から取り組むべき課題だ。

サポーターが1名死亡

 かつてスペインでは、忌まわしい事件があった。

 2014年11月30日、スペイン、リーガ・エスパニョーラのアトレティコ・マドリード対デポルティボの試合数時間前、それは起こっている。午前中、アトレティコの本拠地ビセンテ・カルデロン・スタジアム付近で、両チームのサポーターなど約200名が武力衝突。鎮圧しようとした警官までケガするなど多数の負傷者を出し、サポーター1名が死亡した。

 亡くなったのは、リアソル・ブルーズというデポルのウルトラス(過激サポーター)に属する43歳の男性だった。乱闘の中、マドリー市内を流れるマンサナレス川に投げ込まれたという。心停止の状態で病院へ緊急搬送されたものの、数時間後には死亡が確認された。

 いわゆるウルトラス同士の抗争だった。フレンテ・アトレティコは「リアソル・ブルーズが決闘する気で乗り込んできた」と主張も、リアソル・ブルーズ側はこれを否定。政治的な右派左派の闘争も巻き込み、他のクラブのサポーターも入っていたというが…。

 応援するうちに応援すること自体に酔ってしまい、自分たちが主役のように戦いを繰り広げていたのだ。

クラブが暴力を甘く見た結果

 クラブが長年、ウルトラスの横暴を許していたことによって、この事件は起きた。

 クラブにとって、ウルトラスは自分たちを熱っぽく応援してくれるありがたい存在だった。例えばアウエー遠征に帯同して声援を送ってもらう代わり、試合チケットを配ったりする習慣が当時は残っていた。また、ウルトラスの呼びかけで、サポーターがモザイクアートをスタンドに拵え、クラブから報酬が支払われることもあるという。

「おまえらになにかあったら、俺たちが何とかするから」

 クラブとウルトラスが一心同体の関係を作っていたわけだが、結果として馴れ合ってしまった。

 事件の責任は、ウルトラスを野放しにしてきたクラブにあったと言える。

 その点、FCバルセロナはドラスティックな手を打っている。

 2003年、会長に就任したジョアン・ラポルタ元会長は、カンプ・ノウスタジアム内外で過激な行動が目立っていたウルトラス、ボイショス・ノイス(発煙筒をスタンドに打ち込む常習犯で、死傷者多数。クラブの弱みを握り、数百枚単位でチケットを脅し取る恐喝行為やチケット収入を元手にしたドラッグ売買など、裏組織とつながりのあった凶悪グループ)をゴール裏から排除した。その英断は最高の功績と讃えられる。

 ラポルタは脅迫状を突きつけられ、自宅に発砲され、身を隠さざるを得なかった。すでにクラブの甘い蜜を吸っていたボイショス・ノイスは、ラポルタを殺害しても自分たちの利権を守ろうとした。ラポルタの息子たちはSPに守られて登校する状況で、命の危険にさらされたが、ラポルタ家は決して脅しに屈しなかった。

 ここまでやらなければ、長年しがらみを作ってしまったウルトラスとの関係は断つことができない(ちなみにボイショス・ノイスの一部は利権がなくなってからもゴール裏にいる)。

サポーターの原理原則

 一時、カンプ・ノウではゴール裏に人はおらず、寂しい風景になった。しかし暴力的な人間が減った一方、女性や子供たちが増えた。そもそもサッカースタジアムはサッカーを観戦する場所で、大声を歌うなど副次的産物に過ぎない。いいプレーに万雷の拍手、悪いプレーにブーイング、自然発生的な歌声も出るだけで十分なのだ。

 ファン、サポーターの原理原則は、観戦者としてのルールを守り、サッカーを見守り、一喜一憂することである。ジャンプも、歌も、感情を伝える手段の一つに過ぎない。各々がサッカーを楽しむやり方はあっていいわけで、それを阻害するサポーターは有害だ。

 サポーター次第で、チームが勝ったり負けたりするものではない。その一線を越えると、おかしなことになる。代理戦争のような道に走るのだ。

 死亡者が出た事件で特筆すべきは、ウルトラスメンバーの年齢だった。24名が逮捕されたが、18歳が一人いたものの、ほとんどが30歳、40歳以上で、最年長は53歳だった。ウルトラスは新陳代謝がないと、むしろ専横化、暴徒化するという。

 アトレティコは当時、暴力集団と化したフレンテ・アトレティコを公式サポーターから脱会させたが、現在も彼らの一部はスタンドの一角に陣取っている。生み出したものは、なかなか切り離せないのだ。

 クラブはサポーターに対し、「お客様だから」と卑屈になるべきではない。例えばJリーグは試合後に選手がゴール裏に挨拶に行くが、その必要はあるのか?負けた場合、まるで”市中引き回しの上、さらし首”である。選手の尊厳はひたすら傷つけられ、スタンドの怒りを煽るだけで、有益な行為なのか。来客の感謝なら、試合前に頭を下げるだけで十分だ。

 一つ言えるのは、女性や子供が近づけないような場所に未来はない。スタジアムは、誰もがサッカーそのものを楽しめる場所であるべきだろう。暴力は言うまでもなく、”正義心”からの尊厳を傷つけるヤジも、”悪意のない”SNSの誹謗中傷も、”サッカーへのテロ”でしかないのだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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