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”キス騒動”が収まらない。スペインサッカー連盟会長はどんな人物か?犯した罪の核心

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:ロイター/アフロ)

スペイン女子W杯優勝に泥を塗る

 女子W杯、スペインは決勝でイングランドを下し、劇的な世界制覇を達成している。同国史上初のW杯優勝という快挙に、選手たちは歓喜。華々しい祝祭となった。

「きっと父も見ていてくれていることでしょう」

 イングランド戦で決勝点を決めたオルガ・カルモナは前日に父を亡くしており、そのメッセージは感動を呼んだ。

 これに泥を塗りつけたのが、スペインサッカー連盟のルイス・ルビアレス会長だった。

 優勝セレモニー、ルビアレス会長は一人一人に声を掛けていた。やたらと親しさを前面に出すのは品がなかったが、それもスキンシップが日常のスペイン人同士で、お祭りムードを考えれば許容範囲だった。ところがチームのエースと言えるジェニファー・エルモソの番で、事件は起こる。ルビアレスは彼女の顔を両手でつかんで動けないようにし、唇に強引にキスをした。

「二人の親しい関係なら当然」

 ルビアレス会長はそう言って胸を張って”釈明”し、世界中から非難を受ける。

 スペインでは、初対面でも男女が挨拶として頬にキスを交わし合うのは日常の挨拶と言える。そこに性的な意図はない。しかし、男女の関係ではない者同士が唇にキスするのは、ごく例外的だ。

 会長という権力のある男性が壇上で無理やりキスをしたら、どんな騒ぎになるのか。

 その想像ができないところに、実はこの問題の核心がある。

ルビアレスの母はハンスト

 ルビアレスは騒動に謝罪動画を出したが、「私も彼女も悪気なくやってしまった」とちんぷんかんぷんだった。むしろ周りの批判的反応に、「分からず屋の馬鹿ども」と侮蔑的に言い捨てた。おそらく、そこで組織のリーダーとして一線を越えたのだろう。

「どうか(3人の)娘のためにも(妻とはすでに離婚)、謝罪動画に一緒に出て欲しい」

 ルビアレスはエルモソに依頼し、断られていたことも報じられ、さすがに観念して辞任するかと思われたが…。

 ルビアレス本人は”何も悪いことをしない”という思いが強く、憤懣やるかたなかったのだろう。渦中で出席した連盟の臨時総会に登壇し、自身への批判を「偽りのフェミニズム」と反撃に出た。そして、「私は辞めない」と5度も大声を出し、「キスは同意の上だった。職を辞さなければならないほど、重大なことなのか?」と憤慨した。

「キスには同意していない。私は傷つけられた被害者です」

 エルモソが返す刀でコメントを出した。これに女子代表選手だけでなく、男子代表選手も「ルビアレスが辞任しない限り、代表には戻らない」と声明を発表。同時に、スペイン国内の各クラブ関係者も抗議の意を示し、アンドレス・イニエスタも「スペインサッカー、スペインという国に害を及ぼしている」と辛らつだった。

「90日間の職務停止」

 FIFAからそう言い渡されたルビアレスは雲隠れし、権限を奪われているが、正式に辞任していない(ペドロ・ロチャが代理会長)。ドイツの外務大臣や女優のナタリーポートマンなどサッカーの枠を超えて非難は広がる一方、連盟に残ったルビアレス派は「辞任要求」の選手会に法的手続きを取ると脅し、UEFAが介入した場合はスペインは脱退するとか、白旗を上げていない状況だ。

 そしてルビアレスの母親もやはり似た者同士で、抗議のために教会でハンガーストライキに入った。

「性被害なんてないわ、映像を見ればわかるでしょ!合意の上よ。コロコロ発言を変えるエルモソには、本当のことを言ってほしい」

 そう語る母は愛息を守りたいのだろう。さすがに息子のルビアレスは「ストはやめて」と頼んだが、「エルモソが本当のことを言うまでは」と母は三日目のストに入って、体調不良で病院に搬送されている(その後、退院)。親子でズレているのだ。

 ハンストの最中、優勝セレモニー後のバス内の動画が流出した。エルモソがスマートフォンのキス画像をみんなに見せながら、笑っている姿があった。「エルモソだけにキス!」と冷やかされている。それを「キスは同意の上」とする声もあったが、それは性懲りもない権力者を揶揄したもので、キスされてうれしいとか羨ましがっているものではなかった。

「権力の乱用は許されてはならない」

 UEFAの年間最優秀選手を受賞したアイタナ・ボンマティは語ったが、それがすべてだ。

ルビアレスという人物

 そもそも、ルビアレスはどんな人物なのか。

 北大西洋にあるグランカナリア島で生まれてすぐ、一家で本土にあるグラナダの郊外に引っ越してきた。

「いつもボールを離さない可愛い子だった」

 少年時代を知る人たちは言う。地元クラブでプレーし、バレンシアのユースに引き抜かれ、U―18スペイン代表にも選ばれている。約10年のプロ生活、2部、3部が主戦場だが、レバンテ時代には1部リーグでもプレーしたことがある。ただ、目立った成績ではない。

 あるいは、満たされなかった思いが政治家としての権力欲に変わったのか。

 前任の会長が汚職まみれだっただけに、クリーンな会長として期待された。しかしルビアレスは「自尊心が強く傲慢で、他者を見下すところがあり、メンツにこだわる」という悪癖が指摘されていた。そして会長就任と同時に懸念が表面化した。

 ロシアW杯直前、ルビアレスはスペイン代表監督ジュレン・ロペテギの更迭を決定している。その理由は、ロペテギが大会後にレアル・マドリードとの契約を発表し、「代表との契約との二重契約」という主張だったが、本当のところは「(代表ではなくマドリードを大会後に選んだ)自分の権威を傷つけられたことに対する怒りだった」と言われる。

 結果、スペイン代表は監督解任で空中分解し、W杯は惨敗した。

王妃の隣で股間をつかむ

 ルビアレスは強力なエゴをパワーに、連盟内ではいまだに勢力を持つが(問題となった臨時総会でも多くが拍手)、それはお金に対する疑惑にも通じる。接待のために若い女性たちを呼び、その経費を連盟で支払った疑いも燻る。スペインスーパーカップのサウジアラビアでの開催について、ジェラール・ピケと生々しい配分の交渉などが暴露された件は決定的だった。

 今回の一件だけでなく、独善的で傲岸不遜な行動で周囲に不都合を生じさせるケースは多かったと言える。

 W杯決勝、スペインの先制点に喜び過ぎたのか、自身の股間をつかんで突き出したことも批判の的になった。貴賓席で、隣にはスペイン王妃などが列席。ならず者の行為だ。

 セレモニーでは、エルモソへのキスだけが問題だったわけではない。ピッチで選手を肩に担ぎ、太ももをべたべたと触り、自分の手柄のように誇る行動は品に欠けていた。優勝して浮かれていいのは選手だけで、会長は分別を守るべきだった。

 公の場で権力を行使し、タイトルを自分の手柄のように喧伝、それを当然と考えるところが罪なのだ。

 ちなみに優勝監督であるホルヘ・ビルダも解任される見込みだという。臨時総会で演説するルビアレスに拍手を送る姿が批判の的になっていた。ビルダは昨年夏に女子選手たちに見限られ、15人に解任を要求され、職を続行できたのはルビアレスの後ろ盾があったとも言われる。

 せっかくのW杯制覇を後味の悪いものにされた選手たちは、気の毒でしかない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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