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カタールW杯で森保ジャパンに敗れた”元世界王者”スペインは復権できるのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
日本戦で先制点を決めたアルバロ・モラタ(写真:ロイター/アフロ)

スペインがカタールで日本に負けた理由

 カタールW杯、スペインが日本に敗れた理由をひとつにはできない。

 しかし、一つ明らかなことがある。

 言葉ではどう繕っても、彼らは日本を侮っていた。

 サンドバッグとは言わないが、スパーリングパートナーを打ち込むように、上位者の気分だった。サッカー大国の威風で圧倒的にボールを回し、先制点も決め、失点の気配がない。そこで、強度の高いプレスを受けても”全然効かない”と誇るように無理してパスをつなげ、呆気なく奪われた。危険な場面は一度ならずともあったにもかかわらず…。

<こいつらに負けることはない>

 現場で見たが、その侮りをぷんぷんと匂わせていた。たとえ失点しても、すぐに返せる、と踏んでいただろう。実際、(1勝1分けだった彼らは)引き分けたとしても、決勝トーナメントには1位で勝ち進めたはずで、その方が”ライバル、ドイツを追い落とせる”と頭によぎったか。ともあれ、心ここにあらず、だった。

 後半、堂安律の一撃を食らった後、彼らは思いのほか、狼狽していることに気づく。そして勢いに飲み込まれる形で、三笘薫にゴールラインぎりぎりで折り返したボールを決められた。逆転されたが、反転攻勢は生まれない。ラウンド16での対戦相手などの事情も含め(グループFはクロアチア、ベルギー、モロッコが三つ巴の様相を呈していた)、無理に勝つ必要はない、となり、最後までボールを握るだけで煮え切らなかった。

 総括すれば、それがスペインの実力だった、と言える。

 スペインは森保ジャパンを踏み潰す力はなかった。余計な算段を巡らせた挙句、モロッコに攻めあぐね、敗れ去っている。真の世界王者は、すっきりと1位通過してクロアチアであれ、ベルギーであれ、どこでも撃破していただろう。

 カタールW杯で森保ジャパンに敗れた”元世界王者”スペインは復権できるのか?

最強時代のスペイン

 かつて、スペインは世界を席巻した。EURO2008では、ルイス・アラゴネス監督が率いて華々しく優勝を飾った。2010年W杯では、ビセンテ・デルボスケ監督が世界制覇を成し遂げた。さらにEURO2012を連覇し、これは史上初だった。W杯と続けての優勝も初めてのことだ。

 前後、10年近くスペイン最強時代だった。

 しかし2014年W杯でグループリーグ敗退となり、栄光に影が差した。主力だったシャビ・エルナンデス、シャビ・アロンソ、ダビド・ビジャ、イケル・カシージャスなどが様々な理由で代表を退くと、弱体化は止められない。2018年W杯もベスト16が精いっぱいで、ダビド・シルバ、アンドレス・イニエスタ、ジェラール・ピケが代表を去り、時代は終わりを告げた。

 カタールW杯後には、セルヒオ・ブスケツ、セルヒオ・ラモスも代表を退いて、今やジョルディ・アルバが栄光の時代を知る唯一の生き残りとなった。

 最強時代には、欧州チャンピオンズリーグで戴冠を争うクラブの主力が代表の中心にいた。各ポジション、世界的選手が揃い、守護神にはカシージャス、バックラインにはカルラス・プジョル、ピケ、セルヒオ・ラモスを擁し、中盤にはシャビ、シャビ・アロンソ、イニエスタ、ブスケツ、シルバ、セスク・ファブレガスが君臨し、前線にはビジャやフェルナンド・トーレスが”銃口”を揃えた。

 現代表に、それだけの人材はいるか?

デ・ラ・フエンテ監督の長短

 カタールW杯後、スペインはルイス・エンリケ監督が退任し、ルイス・デ・ラ・フエンテ監督が新たに就任した。

 デ・ラ・フエンテ監督はスペイン代表ユース年代の指導が長く、東京五輪代表も率いていた。真面目な仕事ぶりで、育成年代でかかわった選手が多く、アドバンテージもあるだろう。悪くない人選と言える。

 L・エンリケはエキセントリックな人物だった。戦術やトレーニング内容も極端。特にメディアとの対決姿勢を打ち出し過ぎ、自らメディアも作るなどオリジナリティに溢れていたが、軋轢が絶えなかった。最後は孤立していた。

 デ・ラ・フエンテ監督は、その心配はない。ただ、常識的な指揮官は最強時代を取り戻せるのか。

 そもそも、戦力が弱体化している。FCバルセロナやアトレティコ・マドリードが欧州戦線で勝てなくなっている点も憂慮すべきだろう。欧州の戴冠を争うチームでの主力は、直近の代表メンバーではマンチェスター・シティのロドリ、ラポルト、レアル・マドリードのナチョ、ダニ・カルバハルなどいるが、彼らもクラブでレギュラー程度で”顔”とは言えず、かつて世界を制した面子とは比べ物にならない。

 能力的には唯一ペドリは世界最高水準だが、ケガが多すぎる。アンス・ファティもポテンシャルだけで言えば比肩するが、今は不振に喘ぐ。ミケル・オヤルサバルには期待したいが…。

 フランス、アルゼンチン、ブラジル、ベルギー、ポルトガル、ドイツの有力選手たちと比べると後塵を拝する。今やイタリア、オランダ、イングランドも上回っていると言えない。粒は揃っているが、小さくなった。

 スペインは限られた人材で戦いを挑むことになるだろう。

ノルウェーに勝利も、スコットランドに敗戦

 3月末、EURO2024予選。デ・ラ・フエンテ監督体制は初陣でノルウェーと戦い、3-0で勝利を収めている。スコアから見ると楽勝だが、実状は苦戦だった。4-3-3でボールは握ったが、自陣でボールを回す時間が長く、攻撃の連係は低調(L・エンリケ監督時代に冷や飯を食っていたイアゴ・アスパスが先発も不調)。組織的なプレスがかからず、”侵攻”を許す場面も少なくなかった。

 序盤、勢いに任せた波状攻撃でダニ・オルモがクロスを流し込めていたなかったら、苦しい展開を余儀なくされていただろう。マルティン・ウーデゴールにライン間に入られ、大いに手を焼いていた。もしアーリング・ハーランドがいたら…。

 朗報は、交代出場のホセルが32歳初代表で2得点したことか。エスパニョールでゴールを量産するホセルはクロスに強く、嗅覚にも優れる。L・エンリケ時代はつなぎに固執し、得点パターンが少なかっただけに、一つのオプションにはなる。

 しかし32歳FWの台頭は、人材面の乏しさと裏返しだ。

 続くスコットランド戦、ホセルが先発したが、振るわなかった。肉弾戦を好む相手に押され、ボール支配率では上回りながら、敵陣深くに踏み込めない。ホセルと交代で同じくクロスに強い長身のボルハ・イグレシアスを入れたが、状況は好転しなかった。GKにも「蹴るな」という厳命を与えていたL・エンリケ時代との違いだったが、デ・ラ・フエンテ監督は現役時代アスレティック・ビルバオで古き良きキックアンドラッシュを体にしみ込ませているだけに…。

 序盤、ポロが回収したボールをスリップして奪われ、ショートカウンターのクロスを沈められる”事故的な失点”はあった。しかし、そもそも守備のところで簡単にラインを越えられていた。組織的な守りが欠けていた証左だろう。後半、カルバハルのカウンターに対する守備は軽すぎ”代表引退通告”に等しく、クロスのこぼれ(セカンドの反応も遅く)を押し込まれた。

 栄光の時代と比較すると、お粗末な一戦だった。

 先発メンバーを8人も入れ替えた試合で、まだまだ手探りと言える。しかし、道のりは険しい。デ・ラ・フエンテ監督は戦術家ではなく、いわゆる先生タイプで、選手個人のプレーに頼ることになりそうだが…。

 核となるグループが見当たらない。

 スペインの復権は難しいだろう。うまく一つに束ねないと、森保ジャパンにも勝てるか。再び欧州や世界を制する力はない。少なくとも、現時点では――。

 新しい時代の到来に期待するしかない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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