Yahoo!ニュース

「イニエスタの後継者」リキ・プッチはなぜバルサで輝けなかったのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
バルサ時代のプッチ(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

 なぜ、リキ・プッチ(23歳、ロサンゼルス・ギャラクシー)はFCバルセロナで輝けなかったのか?

 プッチはプレーメーカーとして、「イニエスタの後継者」と囁かれるホープだった。

 バルサの下部組織ラ・マシアはジョゼップ・グアルディオラ以来、このポジションにシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セスク・ファブレガス、チアゴ・アルカンタラなどを輩出してきた。小柄だが美しいターンでボールをキープし、優れたビジョンでパスをさばく。ボールゲームを主体とするバルサの伝統において、象徴的ポジションだ。

 ラ・マシアのエリートであるプッチは、次の時代を担うはずだったが…。

 才能そのものは高く評価されながら、トップチームでは定位置を与えられなかった。結局、23歳でMLSへ。最後はプレシーズン遠征帯同さえも許されず、追い出されるようだった。

 なぜ、プッチは輝けなかったのか?

 その考察は、バルサの本質に迫ることに通じるかもしれない。

どの監督でも先発に定着できず

 2017-18シーズン、プッチは18歳でUEFAユースリーグ優勝に貢献し、トップチームの練習に参加している。2018-19シーズンにはエルネスト・バルベルデ監督の下で堂々とトップデビューも飾り、日の出の勢いだった。しかし2019-20シーズンも主戦場はバルサBのまま、終盤に監督に就任したキケ・セティエンに引き上げられ、一時はトップで先発を勝ち取ったものの、徐々に出場時間を減らしていった。

 2020-21シーズン、ロナウド・クーマン監督には「使うつもりはない」と戦力外を言い渡されながら、残留を決めた。懸命な練習態度で、どうにか先発で2試合出場を勝ち取り、トップ初得点を記録したのは意地だったか。2021-22シーズンも状況は変わらない。先発はわずか2試合で、新たに監督に就任したOBシャビに引導を渡される形になった。

「構想に入っていない。プレシーズン参加も禁じる」

 今年8月、プッチは冷徹な扱いに観念し、MLSのロサンゼルス・ギャラクシー移籍を決めた。

 イニエスタの再来と言われる技術は伊達ではなかった。

 しかし結局のところ、どの監督にも継続的にポジションを与えられていない。身体的な弱さが目立ってボールを失い、チームを窮地に立たせた。パス出しにはセンスを匂わせたが、90分プレーさせるにはトップでは危うさを感じさせ、リスクのほうが高かった。

 プッチの暗転は、グアルディオラの言葉を思い出させる。

グアルディオラが語った本質

「クロッサスはあなたと似たプレーメーカー、期待の選手ですね!?」

 15年ほど前、筆者はかつてバルサBを率いていたグアルディオラ監督にそう話を向けたことがあった。当時、バルサBでマルク・クロッサスというMFが司令塔として君臨し、背筋を凛と伸ばし、インサイドパスでボールをさばく格好がグアルディオラと瓜二つで、高い評価を受けていた。ラ・マシアの伝統を継承する、という意味を含め、肯定的な答えを期待したが…。

「自分と似たような選手は要らないよ」 

 グアルディオラは冷たい声でそう言い放った。

「自分と同じだったら、今のサッカーでは通用しない。例えば、シャビやイニエスタは私にはない得点感覚を持っていた。バルサのようなクラブでは、常にプレーを革新させられるような選手が必要なんだ」

 その言葉は正鵠を射ていた。

 グアルディオラは当時、「猫背で不格好」と言われていたセルヒオ・ブスケッツのボールを受け、弾く、そのスピードと精度を評価していた。フォームは美しくなかったが、リーチは長く、力強く、実務的だった。プレッシング戦術が全盛になる中、ビルドアップではより限られた時間と空間しかない。そこをかいくぐるだけの能力がブスケッツにはあった。

 また、ブスケッツはディフェンスラインの前で、高さという長所も発揮できた。ストロングヘッダーと言えるほどではないにせよ、グアルディオラ、シャビ、イニエスタにはない高さや強さがあり、少なくとも弱点にならなかった。攻撃をするだけでなく、守備に回ったとき、センターバックの前の危険なスペースを守ることができた。

「自分と同じだったら、今のサッカーでは通用しない」

 グアルディオラが語った本質だ。

ガビ、ペドリにあってプッチになかったもの

 プッチが、年下のガビ、ペドリというMFにポジションを奪われたのは必然だったのか。

 18歳で台頭著しいガビは、グアルディオラにも、シャビにも、イニエスタにも、ブスケッツにも似ていない。

「心臓に足が生えている」

 そう言われるプレースタイルは、ファイタータイプのボクサーのようで、しつこくボールにチャレンジし、自分のものにしたら恐れず突っ込む。それ故、ゴールに絡むシーンがとても多く、守備での貢献度も高い。バルサは伝統的にMFにはインテンシティの強い選手を外から獲得することが多かったが(ホセ・マリア・バケーロ、エドガー・ダービッツ、セイドゥ・ケイタ、ヤヤ・トゥーレ、フェルナンジーニョ、アルトゥーロ・ビダル、今回のフランク・ケシエなど)、ガビはラ・マシアでその域を極めたニュータイプと言える。

 ガビは基礎的な技術が高く、それはラ・マシア出身者の共通点だろう。しかし、そのファイティングスピリットの高さは特筆に値する。17歳で先発の座を確保できたのは偶然ではない。

 また、ラス・パルマスから獲得したペドリも、17歳にしてバルサでポジションを得たのは当然だった。そのプレーセンスやビジョンは、同じ年代のシャビやイニエスタを越えていた。誰かの後継者という位置づけも、2、3試合で上書きしたのだ。

 時代を変え、動かすような「うまさ」がなければ、バルサに居場所はない。

 もっとも、プッチはMLSの実戦でプレーを重ねることによって、まだまだ化ける。バルサもそのために買い取りオプションをつけたのだろう。飛躍するだけの資質は備えている。試合出場を増やすことで、自分の殻を破るかもしれない。トロント戦で見せたミドルからのゴールは鮮烈だった。攻撃の選手を自在に操るパスなど、すでにMLSの主役となる雰囲気を漂わせる。

「今は高いモチベーションで挑んでいるよ」

 そう語るプッチのサッカー人生はこれからだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事