Yahoo!ニュース

メッシは主役の座を降りたのか?PSGはマドリードに劇的勝利を収めたが…。バルサでの見果てぬ夢

小宮良之スポーツライター・小説家
マドリード戦のメッシ(写真:ロイター/アフロ)

 パリ・サンジェルマン(PSG)に新天地を求めたリオネル・メッシ(34歳)は、サッカー界の主役の座を下りたのか?

 FCバルセロナ(バルサ)時代、全盛期のメッシはシーズン50得点以上を平然と叩き出し、チームに栄光をもたらしていた。その姿は眩いほどだった。ボールを持ったら、味方を使うにせよ、自ら切り込むにせよ、ゴールの予感をぷんぷんと匂わせていた。

 しかしパリでのメッシは、立ちふさがる敵を次々に切り捨てるようなプレーは影を潜めている。

 今シーズンは欧州チャンピオンズリーグ(CL)こそ、グループリーグで5試合出場5得点と健在を示している。一方、フランスリーグでは14試合出場も2得点にとどまる。アシスト数は10近くで、お膳立ては目立つが…。 

マドリード戦は自由を与えられていたが…

 2月15日、CL決勝トーナメント、レアル・マドリード戦でメッシはPSGの一員として先発している。布陣図では偽9番のような位置を取って、自由を与えられていた。ふらふらとライン間を行き交い、積極的に中盤に落ち、プレーメイクに関わる点では、クラシックなナンバー10に近かった。

 中盤のダニーロ、パレーデス、ヴェラッティという3人が、メッシをガーディアンのように守っている。守備面の負担を補い、ボールを供給し、メッシの自由を確保。プレッシング、リトリートの両面で重要な役割を果たしていた。

 フランス代表時代、ジネディーヌ・ジダンもこうした”特別扱い”のおかげで、ファンタジープレーを可能にしていた。周りがボールを奪い返し、供給してくれることで、創造性をいかんなく発揮できたのである。晩年のディエゴ・マラドーナも、それに等しい状況だった。一本のパスで人々を唸らせ、瞬く間にチャンスを作り出し、お膳立てをしたが…。

 それは、メッシがバルサ時代とは違うことを意味していた。

メッシはメッシだが…

 序盤、メッシはカゼミーロと入れ替わるようにギャップでボールを受け、すかさず前を向いている。さすがのタイミングの使い方だった。ところが、体を投げ出すようなカゼミーロの背後からのタックルでボールを失う。厳しい見方をすれば、こうして抜け出たメッシがかつては奪い返されることは稀で…。

 前半、メッシはうろつくだけのプレーでパスミスも繰り返しいる。他の選手なら、叱責されているかもしれない。プレーにフィットしていないような様子も見えた。

 しかし17分だった。中盤に落ちてからボールを受けると、振り向きざまに左足でピンポイントパス。キリアン・エムバペにぴたりと合わせ、簡単に決定機を作っている。

 やはり、メッシはメッシということか。

 もっとも、見えたのは片鱗だけだ。

 その後もシュートに持ち込むシーンがあったが、うまく当たらなかったり、ブロックされてしまったり、GK正面だったり、フィニッシャーとして神がかっていた時とは違っていた。ボールのつなぎ役に徹するだけで、プレーにリズムの良さを感じさせなかった。ギアが上がらず、加速感は萎んだ。

 試合の主役は、エムバペだったと言えるだろう。60分にはメッシのボールを受けると、ダニエル・カルバハルとの1対1を完ぺきに制し、縦に抜け出すと、遅れた足がひっかけられた。見事にPKを奪い取っている。

 メッシはこのPKを蹴ったが、ティボー・クルトワに軌道を読まれ、止められてしまっている。痛恨の失敗だ。

 もっとも、PK失敗がメッシの自尊心を撫でたのか。怒りに似た衝動で、プレー強度が出た。積極的にFKも自ら蹴るなど、強い意欲を見せるようになった。

 72分、ネイマールが途中出場したこともあったかもしれない。バルサ時代からの盟友を得たことで、プレーが活気づいた。試合展開として、交代選手が両チーム出て、ややオープンな展開になったのも味方した。

 その流れはPSGを後押ししている。アディショナルタイム、エムバペが単騎で左サイドを突入し、二人を割って入って、名手クルトワの股の間を破る。主役にふさわしい一撃で、1-0と凱歌をあげた。

メッシはもう主役になれないのか?

 メッシはもう主役になれないのか?

 バルサ時代、メッシはオートマチックに交換されるパスが自分に戻ってくることで、攻撃を倍加させていた。素早いパス交換の中で相手を動かし、スペースやタイミングを得ることで、類まれなセンスを生かしていたのである。そのリズムは独特で唯一無二だった。だからこそ、アルゼンチン代表では同じプレーが生まれず、むしろ孤立する場面のほうが多かったのだ。

 メッシ自身のアスリート能力が、そこまで低下しているとは思えない。ただ、ピッチの中でプレーのリズムの高まりがないことで、断続的にしかギアが上がらないのもあるだろう。一人のパサーとしての存在だけでも傑出しているが、それは本意ではないはずだ。

 バルサ時代、メッシはもう少し楽しそうにプレーしていた。ボールが目まぐるしく行き交う中、肌が粟立つような閃きを与える。ピッチでプレーを生み出し、完結させていた。

 その技術やビジョンは今も衰えていない。

 86分、ネイマールからのパスを受けたメッシは、ボールを持ち上がりながら敵を引き寄せ、右サイドを走り込んだネイマールに再び左アウトで絶妙なパスを出している。クロスに似たシュートは外れたが、決定機だった。居合抜きのような一瞬で相手の逆を取るプレーはメッシの真骨頂と言える。89分にも、同じようにエムバペに左アウトで決定機につながるパスを送っていた。フィニッシュワークも彼の場合、延長線上にあるはずだが…。

 エムバペがパワーに満ちているのは明らかだろう。来シーズンはマドリード移籍が確実視される。目の前の敵を倒し、欧州戴冠するという道筋はスターそのものだ。

 メッシはあえて、脇役を演じているようにも映る。 

 本来、シャビ・エルナンデスが監督で戻ってきたバルサで、メッシは伝統のプレーを若い選手に受け継がせていたはずだった。それこそ、バルサというクラブの屋台骨を担ってきたアルゼンチン人が求めていた「最後の時」だったのではないか。それは一つの夢のはずだった。

<バルサの選手過ぎる>

 メッシはその十字架を背負う。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事