Yahoo!ニュース

レアル・マドリードは無敵か?アンチェロッティ×(ベンゼマ+クルトワ)=Vの数式

小宮良之スポーツライター・小説家
クルトワ、右がベンゼマ(写真:ロイター/アフロ)

 2月15日、パルク・デ・プランス。レアル・マドリードは欧州チャンピオンズリーグ1レグでベスト8を懸け、パリ・サンジェルマンと対戦する。リオネル・メッシ、キリアン・エムバペ、ネイマールなどスーパースターを擁する相手だが、王者の気風で挑むことになるだろう。

 戦力は拮抗している。システムもおそらくは同じになる可能性が高いだろう。ケイロル・ナバス、セルヒオ・ラモス、アクラフ・ハキミなど元マドリードの選手も少なくない。

 カルロ・アンチェロッティ監督が率いるレアル・マドリードは、チームとして重厚さを感じる戦いを続けている。リーガエスパニョーラで首位を走り、今年1月、スペインスーパーカップでも優勝。攻められても力強く受け止め、攻撃に回ったら一気呵成、総力戦で凌駕する。

「面白みがないほど無敵」

 そう揶揄されるほどの強さだ。

 では、綻びはないのか?

マルセロへの配慮

 イタリア人監督アンチェロッティのマネジメント力が、強さの土台にあるのは間違いない。2013年から2シーズン、マドリードを率い、欧州王者に導いている。

「私はこれまで在籍したチームの選手たちといつも良好な関係を保ってきた」

 アンチェロッティは言うが、人心掌握力は神がかっている。

「自分は『強権をふるわない』と言われるが、マドリードではそんな必要はないからだ。今いる選手たちはいくつもタイトルを取ってきた。多くの場合、自己肥大し、過信してしまうものだが、そうした側面がない。チームのために犠牲を払って戦える。私は落ち着いて見ていられるよ」

 選手を信頼し、プレーに集中させ、最大限を出させる。そのマネジメントが根底にあることで、大きく崩れることがない。選手の自主性や戦術眼に委ねる懐の深さがあるのだ。

 もっとも、凡庸な監督が同じことをやったら、ただの放置主義になってしまい、チームが一つにまとまることはないだろう。

 アンチェロッティのマネジメントはディテールにある。例えば、実力的にはすでに二番手以下になった左サイドバックのマルセロを、スペインスーパーカップの残り数分で出場機会を与え、キャプテンとしてトロフィーを掲げさせる。そうした栄誉をベテランに与えることで、円満な終わりに導き、そのポジティブな雰囲気をチーム全体に昇華させるのだ。

「一人一人が大事な戦力」

 アンチェロッティは正当な選手査定で、各選手を良い心理状態でプレーさせる手腕に長けている。

 イタリア人指揮官はブラジル代表アタッカー、ヴィニシウス・ジュニオールの苦手としていたフィニッシュ精度を向上させた。信頼を与え、力を発揮させる、そのサイクルを目に見えて作り出している。ヴィニシウスが2ゴールしたバレンシア戦では終了間際に選手交代させ、スタジアム中のスタンディングオベーションを浴びさせた。

 微に入り細を穿つ配慮だ。

選手ありきの選択

 アンチェロッティはそれぞれの選手のクオリティを引き出せる。例えば、ルカ・モドリッチ、トニ・クロース、カゼミーロという3人の中盤はベテランの領域に入り、体力的な問題を抱える。そこで、走力が必要になるプレッシング戦術よりもリトリート戦術でボールもできるだけ失わずカウンターを仕掛ける戦い方を採用しているのだ。

「選手ありき」

 それがアンチェロッティの理念で、だからこそ無理がない。

 ダビド・アラバとエデル・ミリトンを組ませることによって、守りを強固にした。アラバは歴戦の強者で、戦いの流儀も知っている。ミリトンはパワー、センスは抜群だが、まだ精神的な弱さを見せることがある。厳しく戦えるアラバにミリトンを叱咤させることによって、ミリトンが抜群のポテンシャルで応える作用を作り出した。

 他にも、エデン・アザール、イスコ、ガレス・ベイルなどベンチに置くのは難しいスター選手も腐らせずに起用している。一方で、ロドリゴ、カマヴィンガという若手にもプレー機会を与える。これだけの陣容で不満が出ていないのは、並外れた掌握力だ。

 そしてカリム・ベンゼマ、ティボー・クルトワの二人は、リーガエスパニョーラMVP候補と言えるだろう。

ベンゼマ+クルトワ

 ベンゼマはリーガトップの得点数だけでなく、前線のプレーメーカーとして攻撃をけん引している。チームがうまくいっている状況で、その強さを最高に高めているのは彼のおかげだろう。とにかくプレーがエレガントで、ターンやボレーでのシュートなど、今や世界最高のFWだ。

 そしてクルトワはまさに守護神と言える。実際、彼のセービングでいくつも勝ち点を稼いでいる。劣勢を跳ね返せるのも、彼のゴールキーピングがあるからだろう。スペインスーパーカップ決勝、アスレティック・ビルバオ戦でも終盤に献上したPKをストップし、流れを与えず、優勝に貢献した。一人退場になった直後に、決められていたら、暗雲が漂っていたはずだ。

「僕たちはカウンターだけでなく、いろんな戦いに対応できる。ポゼッションもできるし、守りを固めることだってできる。相手や状況に応じてね」

 ティボー・クルトワは躍進の理由をそう語っている。

「自分はGKとして、ビルドアップをスタートさせられる。ただ、先制に成功したら、相手を誘い込むのは定石で、それは勝利の手段と言えるよね。なぜなら、僕たちはヴィニシウス、アセンシオ、ロドリゴというスピードを武器にするアタッカーを前線に擁しているわけで。攻めるべき時が来たら攻め、守るべき時が来たら守る、僕らはそれができるチームなんだ」

 今のマドリードの好調が、そこに集約されている。

 しかしベンゼマとクルトワの二人がチームを引き回しているのも間違いない。エリア内で圧倒的な能力を見せる二人が試合を決している。それがアンチェロッティ監督の「選手ありき」の実態だ。

 スペイン国王杯、ベンゼマがハムストリングのけがで欠場したアスレティック戦では、一敗地にまみれた。攻守がまとまらず、後手に回った。片腕を使えないような戦い方だった。

パリ戦の予想

 パリ戦、ベンゼマはケガによる欠場が危ぶまれる。たとえ出場できることになったとしても、完調は望めない。アスレティック戦はマルコ・アセンシオが偽9番で代役を務めたがうまくいかず、サブFWのルカ・ヨビッチではあらゆる点で落ちる。

 左サイドバックはフェルラン・メンディが間に合わないと、マルセロだと守備面では狙われる可能性が高い。直近のビジャレアル戦も、チェクウェゼの突破にてこずった。無失点は僥倖だろう。ただ、後半はやや修正して攻撃面ではアドバンテージを取っていただけに、円熟味とも言えるが…。

 はたして、アンチェロッティは最適解を見つけられるのか。

「我々は相手にボールを持たれても、少しもストレスに感じない」

 アンチェロッティ監督は淡々と言うが、バランス感覚は頼みの綱か。徹底的にイニシアチブをとって、めくるめくパスワークで相手を翻弄し、時代の先駆けになるようなスタイルではない。しかし、老獪なイタリア人監督はスペクタクルにも、カテナチオにも引っ張られず、勝率の高い戦い方を選択できるはずだ。

 アンチェロッティ×(クルトワ+ベンゼマ)=V(勝利)以外の数式も存在している。

 次のグラナダ戦、アンチェロッティはイスコを偽9番に起用。ベストではなかったが、ベターの戦い方だった。アセンシオのスーパーゴールを引き出し、1-0と辛勝した。一転してビジャレアル戦は、ベイルをトップに起用。チームに適応していたわけではないが、左足一発で仕留める迫力を随所に見せ、味方に推進力を与えていた。

 パリ戦に向け、アンチェロッティはベンゼマの電撃復帰もちらつかせる。一方で、イスコだけでなく、エデン・アザール、ガレス・ベイルという出場時間の少ないサブ組を切り札的に使う準備も万端。そして1レグだけではなく、2レグとのトータルでの戦いを選ぶはずで、まさに千変万化の采配の妙だ。

 決戦の行方が注目される。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事