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ラウールが監督をスタート。久保建英は移籍も、”虎の目”が有力若手の触媒に?

小宮良之スポーツライター・小説家
3年前のレジェンドマッチでプレーするラウール(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

各国リーグを席巻する40代後半の指導者

 昨今、世界サッカーに風穴を開けているのは、40歳後半の指導者たちだろう。

 2018-19シーズン、イングランドのプレミアリーグを制したマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督は48歳。UEFAチャンピオンズリーグ決勝に進出したトッテナムを率いるマウリシオ・ポチェティーノ監督は47歳、ヨーロッパリーグで決勝に進んだアーセナルのウナイ・エメリ監督も47歳だ。

 スペイン、リーガエスパニョーラでも、レアル・マドリーのジネディーヌ・ジダン監督は47歳、アトレティコ・マドリーのディエゴ・シメオネ監督は49歳。フランス、リーグ王者のパリ・サンジェルマンを率いるトーマス・トゥヘルが46歳、ドイツ、ブンデスリーガ王者のバイエルン・ミュンヘンのニコ・コバチ監督は47歳、オランダ、エールディビジ王者のアヤックスのエリク・テン・ハーグ監督も49歳である。

 50~60代の監督が牛耳っていた世界で、彼ら新鋭監督として時代の旗手となっている。これから4,5年で、一気に若返りは進むだろう。時代の流れだ。

 そして、つい最近まで現役で活躍していた選手が、次々と野心的に指導者の仕事をスタートさせている。スペインだけでも、ラウール・ゴンサレス(42歳)、シャビ・エルナンデス(39歳)、シャビ・アロンソ(37歳)。彼ら3人は現役時代、圧倒的に個性的なリーダーだった。監督としてのリーダーシップも期待される。

 スペインが誇る英雄、ラウールはカスティージャの監督として、有力選手を率いることになった。

 ラウール監督の力量はいかに?

ラウールのリーダーとしての資質

 筆者は10年ほど前、ラウールのルーツをたどる取材をした。そこでラウールを発掘し、アトレティコ・マドリーの下部組織で指導したという人物に会った。彼は、“教え子”であるラウールの慈悲なき振る舞いを嘆き、憤っていた。

 アトレティコのユース組織が経営的方針を理由に消滅し、ラウールがレアル・マドリーに移籍した後だった。瞬く間にスターダムにのし上がり、”師匠“の存在を忘れられたという。一時、病気になって金の無心をしたが、断られた、と悲しんでいた。

 ラウールに悪意があったとは思えない。おそらくは自身が急速に有名になったことで、少しでもかかわりのあった人から、いろんな要求を受けていたのだろう。彼は決して裕福ではない地区の出身だった。

 そして、ラウールのラウールたる所以は、絡みつくしがらみをすべて断ち切れる容赦なさにあったと言える。たとえ師匠の頼みであっても、だ。

「俺があんたを金持ちにしてやるよ」

 ラウールは十代で契約した初めての代理人にそう言ったという。それだけの豪胆さを持っていた。ある種のナルシズムで、自分が成功を収めるためには、なりふり構わない。己を磨き、戦いの準備をする。そこに集中することができた。

 それは、ラウールの最大の才能だった。

肝が据わった度胸

 その度胸のおかげで、ラウールはピッチで異彩を放ったと言える。切り立った崖に立って決断を迫られる展開で、ボールを呼び込み、ゴールに放り込めた。一番必要な状況でゴールを叩き込んだ。

 勝者のメンタリティと言えるだろう。

 その精神力によって、ラウールは数々の栄光に浴し、人々から愛された。かたくなに自らを信じる、その強度は群を抜いていた。例えば自らの体のケアのためには、チームバスを待たせても平然としていられる鈍感さがあった。

「チームのために。自分はゴールで仕事をする」

 その割りきりが、ラウールを王者にした。

 度胸が据わった性格は、リーダーとしても反映されるはずだ。

星のもとに生まれた男

 監督はストレスフルな職業である。まずは、選手を束ねる力がないといけない。しかし出られる選手は決まっているだけに、どうしても不満は出る。そこをマネジメントできるか。たとえそれができても、クラブが難題を要求し、干渉してくるかもしれない。あるいは、メディアやファンが結果を求め、執拗に迫ってくる可能性もある。

 しかし生来的な勝負師であるラウールは、生半可なことでは動じないだろう。

 そもそも、ラウールは星のもとに生まれている。現役時代には17歳で抜擢されているが、監督としても出世のスピードは出色。2018-19シーズンにマドリーUー15監督に就任後、そのシーズン中にU―17のアルバロ・ベニート監督がトップチームをラジオで批判的に語って解任され、後釜に座った。さらに、2019-20シーズンからはBチームであるカスティージャの監督に就任した。

 ラウールは指導者としては新参者ながら、カスティージャの指揮官となった。

「ラウールこそ、マドリーの未来!」

 それはマドリディスタ(マドリーファン)の間で、もはや合言葉に近いのだ。

ラウールが久保に与える影響

<虎の目>

 かつて名将ルイス・アラゴネスは、ラウールのパーソナリティを評して言っている。

 もしラウールが「強者の人間性」を選手に伝え、移植するようなことができたら、集団は変貌を遂げるだろう。アトレティコのシメオネ監督がそうだが、アトレティコの選手は戦闘的な指揮官のパーソナリティを受け継ぎ、猛烈に戦えるようになった。指揮官のエモーションは、選手に伝播するのだ。

 ラウールは監督として、マドリーの有望な選手たちと対峙するだろう。マジョルカに移籍した久保建英にどんな影響を与えていたのか。それを見たかった気もするが・・・。

 今シーズン、カスティージャは開幕2試合で1勝1分け。ラウール監督は上々のスタートを切っている。2部昇格が使命になる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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