Yahoo!ニュース

久保建英のマリノス移籍はどのような意味を持つのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
2018Jリーグ開幕戦、ボールを要求する久保建英(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 8月16日、久保建英(17才)がFC東京から横浜F・マリノスへ電撃的に移籍している。

 久保は世界に冠たるFCバルセロナで才能を見いだされ、育てられた逸材である。

「日本のメッシ」

 バルサ育ちの左利きアタッカーという共通点から、そういう表現が使われ、国内外で注目される。

 昨シーズン、久保は飛び級のUー18で周囲を圧倒するプレーを見せた。Uー20W杯にも参戦し、そのポテンシャルの高さを示している。J3では史上最年少デビューを果たし、トップチームでもデビューを飾った。そして今シーズン、体つきも大きくなり、開幕からベンチに入って、途中交代で出場を果たしている。ルヴァンカップでは得点も記録した。

「ボールを持つと、なにかをやりそうな気配がある」

 東京のチームメイトは、その技術の高さを絶賛していた。飛躍の年になるはずだった。

 ところが、次第に出場機会は減っていった。W杯中断前後からは、ベンチ外も珍しくなくなっていた。

 今回の横浜への移籍は、どのような意味を持つのだろうか?

移籍は必然だった

 移籍。

 日本では、まだまだ否定的な意味が含まれてしまうが、サッカーの世界では「出場機会を求める」という意味で、自然な動きである。辛抱するのが必要なタイミングはあるだろう。ただ、試合に出ていないことで危機感を覚えない選手は、プロの世界では生き残れない。

 その点、久保の移籍は必然だろう。

 長谷川健太監督が率いる東京では、久保のポジションがなくなるのが十分に予想できた。長谷川監督の戦術は、リアクション型の「守備ありき」。各選手がしっかりと持ち場を守り、奪ったボールを迅速に攻撃につなげる。守備の強度とトランジション(切り替え)の走力が求められる。

 久保にとって、厳しい状況だった。

横浜は好ましいチーム

 一方で横浜のアンジェ・ポステコグルー監督は、長谷川監督とは対照的。アクション型の攻撃的サッカーを好み、ボールポゼッションに出発点がある。自分たちでボールを動かし、主導権を握り、攻撃し続ける。システムやボールの運び方は違うものの、プレーコンセプトとしては、久保が在籍していたバルサに近い。シャドー(トップ下)での起用が予想されるが、サイドアタッカーとしても力を発揮できるはずだ。

 久保は左利きアタッカーとして、独特のリズムを持っている。エリア近くでボールを持つと、非常に怖い存在になる。ドリブル、パスだけでなく、フィニッシャーとしての能力も高い。ディフェンダーと対峙したとき、図太く挑める点も特筆に値するだろう。年齢的なもので、臆するところは少しもない。

 横浜で、一つのアクセントになるのではないか。

 しかしそもそも、期待度が高すぎるのだ。

あくまでJ3の選手

「将来性を見込んで、日本代表に選ぶべきだ」

 ロシアワールドカップの前からだろうか。メディアの間でも、そう言って持ち上げる声を聞くようになった。才気煥発なのは間違いない。

 しかしながら、現実にはJ3でも際だったプレーをしていない17才である。一人のプロサッカー選手としては、未熟さの方が目立つ。それは「体格や守備の不安」も少しはあるが、それよりも各ゾーンで求められる役割を果たせない点にあるだろう。いくつかの攻撃の形はトッププロに近いのだが、場所によっては要求を満たせず(経験による戦術的判断の部分が大きい)、試合の流れから消えてしまうのだ。

 現時点では、代表などもってのほか、「将来性」という名で本人を害するだけだろう。

バルサの選手としてのメリット、デメリット

「バルサ復帰」

 そんな話も浮上しているようだが、今の状況ではあり得ない。バルサにいる外国人選手の顔ぶれを見れば、おとぎ話であることは明白だろう。バルサB(セカンドチームで3部リーグに在籍)入団の選択肢は十分にあり得るが・・・。

 なにより久保に関する不安は、「バルサ育ち」という点にある。

 バルサは特殊なプレーを追求することで、世界の頂点を極めている。自分たちがボールを回し続け、相手をねじ倒し、「ボールは汗をかかない」という信条である。その哲学は美しい。

 しかし、それはマイノリティと言える。「走って、戦い、五分五分のボールの球際を競ってものにする」。そこに基本を置くチームが多数派を占める。

 当然、バルサ出身の選手たちは違和感を覚える。

「なぜ、つなげないんだ!?」

 彼らは悲鳴を上げる。自分たちの頭の上をボールが行きかう、その状況が信じられない。順応できずに苦しむことになる。

 事実、多くのバルサ育ちの選手たちが、バルサを出た後はプレー感覚の違いに戸惑い、消えているのだ。

 久保にとって、横浜は好ましい新天地と言えるだろう。ポステコグルーの超攻撃戦術で持ち前のボール技術を見せ、試合に出る中で成熟する。その好機と言えるはずだ。

 17日、久保は横浜の全体練習に合流した。19日の鹿島アントラーズ戦に向け、メンバー入り。起用される可能性が高い。 

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事