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ロシア人がくれた「幸運のコイン」。日本代表の躍進とはなんだったのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
日本がセネガルと激闘を演じたエカテリンブルクにて。撮影 スエイシナオヨシ

ロシア人がくれた優しさ

 7月3日、ロストフ。筆者は同行のフォトグラファーとスーツケースをゴロゴロと引きながら、空港行きのバスが出る停留所に歩いて向かっていた。日本がベルギーに2―3で逆転負けした翌日だった。荷物が少しだけ重く感じた。

「おーい!」

 ロシア語だったから、実際にどんな言葉だったか理解できない。ただ、後ろから呼びかけられたのはわかった。振り向くと、少し前にすれ違ったロシア人の若者であることが確認できた。「落し物をしたのかな」くらいに思ったのは、知り合いではなかったし、その手に何か持っていた小走りだったからだろう。しかし、それに見覚えはなかった。

「これ、君たちにやるから」

 おそらく彼はそんなことを言いながら、朱色の木細工を差し出した。木の板の上の鳥が、下につけた重りが動いて下に引かれ、頭を下げて餌をついばむ。そんなオモチャだった。家にあったのをすたこらと持ってきたらしく、表面は少し埃がかぶっていた。

「スパシーバ」

 オモチャを渡して颯爽と立ち去っていく若者の背中に、ようやく大声でお礼が言えた。呆気を取られてしまった。そんなことってあるのだろうか。

ロシア人からもらったオモチャ(筆者撮影)
ロシア人からもらったオモチャ(筆者撮影)

 しかし思い返せば、ロシアでは道端で会った知らない人やお店で少し話をしただけの人から、いろんなお土産をもらっている。どれも他愛のないものだ。ロシア国旗がついたおもちゃだったり、地元の写真が貼り付けられたマグネットだったり、大衆食堂で「この鯖の酢漬けはうまい!」と激賞したときは、オーナーが無料でお代わりをもう一皿くれた。

サバの酢漬け(筆者撮影)
サバの酢漬け(筆者撮影)

 もらったのは、ものだけではない。

 みんな親切で、通りで地図を確認しながらキョロキョロしていると、しばしば気にかけ、声をかけてくれた。一度は、杖をつくおばあちゃんが道案内を買って出てくれたことがあった。丁重にお断りしたが、心配そうにしてロシア語で詳しく説明してくれた。隣で聞いていた娘が、「きっとわからないわよ」という顔で肩をすくめていた。驚くほどに、感じの良い人ばかりだ。

 優しさを与えられた。

道端で会ったおばあちゃん(筆者撮影)
道端で会ったおばあちゃん(筆者撮影)

 それは、いわゆるロシア人のイメージとは違うだろう。「暗く、怖く、冷たい」。そんな印象を抱いている人も少なくないはずだ。しかし筆者は取材で20カ国以上を回っているが、ロシア人ほど真面目で、優しさを感じさせた人はいない。

 では、なぜ日本人に優しくしてくれるのか?

なぜ、日本人に優しくしてくれるのか?

 ロシア人タクシー運転手は捲し立てるように言った

「ロシア人は、日本人の作るものや生き方を尊敬しているからね。サッカーもぽんぽんとボールをつないで小気味好い。汚いファウルもしないしね。ロシアが一番だが、その次は日本だ!」

 リップサービスも多分にあるだろう。おそらく、それが優しくしてもらえるすべての理由ではない。「ロシア時代の本田圭佑のプレーは素晴らしかった!」と息巻く人もいたし、それぞれの事情や自分との相性やタイミングがあったかもしれない。ただとにかく、じんわり誇らしい気持ちになった。

 ワールドカップ。

 それは日本人が日本人であると感じさせられる大会である。自分たちがどのように見つめられているか。それによって、自らを省みる機会を与えられる。

日本がコロンビアを撃破したサランスク(筆者撮影)
日本がコロンビアを撃破したサランスク(筆者撮影)

 6月28日、日本戦の取材でヴォルゴグラードのバス停留所にいたときは、不思議なことがあった。

 ロシア人のおじいさんがとことことした足取りで、筆者に近づいてきた。手のひらのコインを見せながら、お前にやる、と言い張る。最初は、物売りかな、と断った。筆者はスペインに住んでいたことがあるので、そういう商売があるのを知っていた。しかし、どうしても、というので、仕方なく自分の手にとった。すると、脇にいた英語を話せるロシア人が、おじいさんの話を訳してくれた。

「幸運のコインだってさ。今日の日本代表にいいことがありますようにって。彼はそう言っているよ。もちろん、タダだから」

 対になった手元のコインを眺めながら、おじいさんに深くお礼を伝えた。そして、幸運を祈る人を疑った自分を情けなく思った。おじいさんは受け取ってもらえただけで満足したように、とぼとぼとその場を去って、ちょうどメディアセンター行きのバスが到着した。

 幸運のコインの効果があったかどうか、は定かではない。しかしその日、グループリーグ第3戦でポーランドと戦った日本は、まさに「運のおかげ」もあって、グループリーグを突破している。セネガルが負けてくれたおかげで(もしくはコロンビアが勝ったおかげ)、日本はポーランドに0―1に敗れながら、決勝ラウンドに進出した。夢はつながったのだ。

幸運のコインだったのか(筆者撮影)
幸運のコインだったのか(筆者撮影)

 一人の日本人として、ロシアの地で戦った日本代表選手たちの戦いに感謝の気持ちを覚えずにはいられなかった。記者席で咆哮し、知らない記者と握手を交わし、喜び合い、拳を突き上げたのは、初めてのことである。心臓を掴まれ、揺さぶられるような感動があった。

「おっさん集団は全敗」

 ファンだけでなく、記者や関係者の中でも悲観的意見というよりは、蔑むような風潮があった。筆者には、不当に思えた。

 選手の顔ぶれを見たら、尻込みするような必要はなかったし、非難されるいわれもなかった。長谷部誠はドイツ杯王者だし、長友佑都はトルコリーグ王者、酒井宏樹はヨーロッパリーグファイナリスト、そして乾貴士は世界最高峰ラ・リーガで活躍を遂げ、欧州カップに出場するベティス移籍が決まっていた。他にも、欧州リーグの第一線でプレーする選手が何人もいた。

 そして彼らは、緊迫した試合でその覇気を見せている。

「おっさん、おっさんと言われ続けるのが、我慢ならなかった。絶対に覆してやるって」

 長友はそう語っていたが、反発力で大きなものを得た。

 強い自負心で巨大なものに挑みかかっていく。

 そういう姿勢が人の胸を打ったのだ。

サムライの意味

 日本代表がすべての戦いを終えた後、ロッカールームを隅々まで清掃し、立つ鳥跡を濁さなかったことも、現地では称賛されている。ロシアだけでなく世界中から、褒めちぎられた。スペインの友人記者からも絶賛のリプライがあった。

「日本人はサムライだ!」

 外国人は日本人の際立った行動様式美をそう言って、褒め称える。そこで言うサムライとは、昔、新渡戸稲造が書いてベストセラーになった「武士道」からきているのだろう。立ち居振る舞いの美しさ、恥を知り、相手を尊敬し、誇り高く生きる文化だ。

「ワールドカップは全員が敗者だ。ただ1チームを除いては」

 その名言を残したのは誰だったか。

 その一方で、敗れざる者たちの美学がW杯の物語を紡いでいる。準々決勝では延長戦、ロシアが猛攻で奇跡的に追いつき、国が揺れるほど一瞬、熱狂に包まれた。しかし、その後のPK戦で惜しくも敗れ去った。歓喜と落胆。その入り混じった表情は、日本人がベルギー戦で見せたそれに少し似ていた。敗れたにせよ、「開催国史上最弱」と言われたロシアの戦いを揶揄する人は、もはや誰もいない。高潔で勇ましく、血潮を感じさせる戦いだった。

 あと1週間、ロシアでの取材は続く。敗者だけが増える。熱狂の渦の中、1チームのみが生き残るのだ。

ロストフ・アレーナ(筆者撮影)
ロストフ・アレーナ(筆者撮影)

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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