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ハリルJAPANのジレンマ。乾貴士が示したヒントとは?

小宮良之スポーツライター・小説家
代表で存在感が増すMF、乾貴士(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

「武藤(嘉紀)、久保(裕也)はサイドに開きすぎていた。もう少し中央に寄ってプレーすべきだった。彼らがインサイドを走って、フリーで現れるような展開を作りたい。周りの選手と近い距離で連動するように」

 10月6日のニュージーランド戦後、ヴァイッド・ハリルホジッチはそう言って、二人のサイドストライカーに強く要求している。

 ハリルホジッチの戦術システムは4―2―1―3になるだろうか。

 その最大の特色はサイドFWが守備に回ったとき、サイドハーフになる点(4―2―3―1)だろう。自然、スタートポジションはサイドにならざるを得ない。一方で攻撃は主にカウンターで、一気に前へ飛び出す走力を求められる。運動量、運動の質が不可欠、ゴールに近づいたときに消耗は激しい。精度が落ちるのは当然だろう。乳酸が溜まった、高速運動でのフィニッシュになるのだ。

 決定力の低さは、二人の責任なのか?

日本にクリスティアーノ・ロナウドはいない

 日本人選手は世界的に見ても機動力に優れる。短い距離を走って、相手を置き去りにする。その資質は十分に持っている。

 しかしパワーの部分では劣る。例えば長い距離を走った後、上半身と下半身を連動させ、強く正確なシュートを打ち込む。そうしたプレーに力不足は顕著に出る。単純に走って、(ボールを)叩く、その点はストロングポイントではない。現時点でポルトガル代表クリスティアーノ・ロナウドやスウェーデン代表ズラタン・イブラヒモビッチのような選手を望むのはないものねだりだ。

 一方で日本人選手は、コンビネーションに一日の長がある。テクニックとクイックネスで連係を高め、相手を撹乱する。陸上の400mリレーでも、バトンの受け渡しなど連係度の高さがアドバンテージになっている。連係によって相手の裏を取ることで守備を崩せる。ここは欧州や南米、あるいはアフリカの選手たちと比較しても、長所と断言できるはずだ。

 しかし、ハリルホジッチが求めているのはロナウドやイブラのようなアタッカーなのだろう。高速プレーを行った後、確実にゴールを仕留める。それが理想になっている。

 ここにハリルJAPANのジレンマはある。

武藤、久保は悪かったのか?

 ニュージーランド戦、武藤、久保の二人は悪いプレーはしていない。武藤はポストワークで抜群の冴えを見せ、体の動きは切れていたし、いくつものシュートチャンスを作っている。彼が潰れることで、絶好機も生み出した。久保はダイアゴナルランで武藤がフリックしたボールをフィニッシュまでつなげ、センスの高さを示している。また、サイドから決定的なクロスでお膳立てにも絡んだ。

 しかし、ハリルホジッチからは「補習扱い」だった。

 二人が決定力を欠いた部分はある。しかし本来ストライカーである二人は、サイドでの仕事もしながらのプレーになった。ゴール前で一番の脅威となるはずだが、その前に一仕事しなければならない。ハリルホジッチに「もっと真ん中で」と要求されるのは心外だろう。サイドをポジションの出発点にする彼らが、これ以上ゴール前に顔を出すにはワープでもするしかない。そもそも二人が中によりすぎたら、サイドの守備は堀も石垣もない状態で、敵の攻撃に晒される。

 ゴールに強い意欲を持てば、守備に隙が出る。守備をしながら攻撃に参加しても、ゴールが足りない、となる。戦術的矛盾点を抱えてしまっている。

 ハリルホジッチの採用する戦術システムは、日本人にとって最善なのだろうか?

乾が示したヒント

 そこで一つのヒントを示したのが、70分に武藤と交代でサイドFWに入った乾貴士だ。

 乾は左サイドでボールを握り、全体の位置を高くした。これによって、押し込まれていた日本代表は一息ついている。乾は卓抜したドリブルテクニックでサイドを崩し、チャンスボールを供給。87分の決勝点も左サイドで1対1を制し、ファーサイドに合わせたクロスを酒井宏樹がヘディングで折り返し、中に詰めた倉田秋が頭で押し込んでいる。

 乾はサイドアタッカーとして、外へボールを呼び込んだ。これでニュージーランドは守備範囲を広げざるを得ず、乾はその綻びをドリブルで広げた。中に人が入るタメを作った。

 戦術的矛盾は、たちまち解消されていた。

 武藤や久保が乾よりも劣っているわけではない。二人はゴール前で生きるストライカー。サイドでテンポを作ったり、ポジション取りだけで牽制できる守備を求めるのは宝の持ち腐れだ。

 今の布陣では、左右FWのどちらかはサイドを籠絡できる選手が必要だろう。例えば乾が左サイドでボールを運ぶことで、逆サイドからゴールを狙って入り込める。このほうが効率的な戦い方だ。

 あるいは、左右どちらも崩しに長ける選手を配し、中央で2トップを組み、得点力を向上させる手段もある。大迫、武藤、久保と組み方次第。今回は代表から外れた岡崎慎司も、レスターで証明しているように2トップで輝きを増すはずだ。

―日本はなぜ決定力が低いのか?

 その質問に対し、会見でハリルホジッチは自身のストライカー論を蕩々と述べたが、戦略的な問題解消も必要かも知れない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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