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バルサ、ネイマールはパリSG移籍で「裏切り者」フィーゴになってしまうのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
バルサのMFネイマール(写真:ロイター/アフロ)

 スペイン、FCバルセロナに所属するブラジル代表エース、ネイマールは自ら退団の意思を表明した。2017―18シーズンに向け、フランスのパリ・サンジェルマンへの移籍が確実視されている。移籍金は2億2200万ユーロ(約291億円)と言われる。

 このニュースに、バルセロナ市内ではネイマールの写真を貼り付けた紙が電柱に貼られているという。

「TRAIDORを探しています」

 それは求職や物件探し、あるいは迷い犬などを探すときと同じ形式である。FCバルセロナ(以下バルサ)を出て行くネイマールを揶揄している。TRAIDORはスペイン語で裏切り者。かなり強い怒りが込められた言い回しだろう。

 これは2000年に、ルイス・フィーゴがバルサを退団し、宿敵のレアル・マドリーに移籍したときも盛んに使われている。MERCENARIOSという表現も使われているが、これもフィーゴのときと同じ。傭兵という意味から金目当ての人という意味がある。フィーゴは今も現地で憎しみの対象のままだ。

 ネイマールはフィーゴのようになってしまうのか?

憎悪を否定しない価値観

 筆者はフィーゴがバルサの本拠地であるカンプ・ノウに戻ってきたクラシコの場に居合わせた。そこには大人から子供まで人間の怒りや憎しみが充満し、肌が粟立った。人は相手の感情を感じ取るアンテナが生理的に備わっているものだが、そのアンテナが壊れそうになるほどに激しい感情が渦巻いていた。

 一流サッカー選手は観衆の熱気を味方にできるもので、感情を察知する力に人一倍長けている。それだけに、憎悪がプレーに影響しないわけがない。このときのフィーゴはまるで生気を失ってしまったかのようだった。

 日本では道徳的に、憎しみは否定されるものだろう。しかし、スペインではとりわけサッカー界では憎悪や復讐心や怨恨に愉悦を感じるようなところがある。これはMORBOといって、不完全で病的なものが放つ魅力と訳されるが、一つの疾患でありつつも、情念としては完全には否定されない。むしろ、それに身を委ねてしまうところがあって、愛があったら憎しみがあるという考え方だろう。

 人々は、ネイマールの決断が感情的に許せないのだ。

 そもそも、なぜネイマールはバルサを後にするのか?

 年俸10億円以上を稼ぎ、チームの主力。なに不自由はない。退団理由を見つける方が難しいだろう。

 その理由は決して一つではないはずだが、「ブラジル人的思考が大きく働いた」と言えるかもしれない。

ブラジル人選手の考え方

 ブラジル人選手は、「より良い条件でプレーする」という彼らなりの正義の中で育っている。貧しい生活環境もあるだろうが、バルサで高給を受け取るようになっても思考は変わらない。パリSGからのオファーは金銭的な条件で上回っており、エースとして迎えられる。断る理由はない。忠誠心と言うが、一つのクラブで終生プレーすることを、ブラジル人選手の多くは忠誠とは考えていないのだ(ロマーリオ、ロナウド、リバウド、ダニエル・アウベスなどバルサを退団した選手も同じ)。

 そしてネイマールはブラジル代表の10番として、リオネル・メッシよりも高く評価されたかったと言われる。「子供じみている」と思われるかも知れないが、一流選手ほど純真なままで、誰よりもうまくなって誰よりも認められたい、という自負心を抱えている。メッシと同じチームにいるかぎり、ネイマールは自分が一番になれない事実を思い知ったのであろう。

 こうした思わくに、ブラジル人の父親や代理人が立ち回ったことで、移籍への流れに大きく動いていった。

 フィーゴはポルトガル人だが、リスボン郊外の貧しい地域に育ち、「より良い条件を求めて」という成り上がり精神は、並のブラジル人以上だった。なにより、群を抜いて自尊心が強い選手だったと言える。人並み外れた向上心とプライドによって、自らのプレー精度を高めた。

 その点、フィーゴにしても、ネイマールにしても、本人には言い分がいくらでもあるだろう。

 しかし、サッカーファンは感情的に事象を捉え、聞く耳は持たない。各メディアも、その事情は承知しつつ、世論を煽るのだ。

 マドリーを本拠にするas紙が「払うものを払って出て行け」と打電するのはともかく、地元紙でバルサの機関誌的なSport紙までが「HASTA NUNCA」というきつい表現をつかっている。さらば、と訳せるのだろうが、二度と会わない人間に対して送る別れの言葉なのだ。

ネイマールはパリSGで活躍するのか?

 クラブもすでに、スタジアムの広告ポスターをネイマールなしバージョンに貼り替えている。ちなみに代わりに入ったのは、セルジ・ブスケッツやイバン・ラキティッチ。やはり、移籍は確実だろう。

 ただ、ネイマールはフィーゴのようには憎まれないはずだ。

 ポルトガル人MFの場合、マドリーへの移籍が怒りを買った。民族的な迫害も受けたマドリーのシンボルに鞍替えしたことで、敵意を受け、恨まれている。ネイマールの場合、「バルサより弱いクラブに移籍するなら、お好きにどうぞ」という呆れた感情が交ざっている。同じリーグではないだけに、揶揄する声はあっても、フィーゴのときのようにはならないだろう。

 では、ネイマールはパリSGで活躍できるのか?

 パリSGのウナイ・エメリ監督は厳格な戦術家であり、ネイマールに自由を許すのか、疑問は残る。また、リーガエスパニョーラからリーグアンではプレーレベルが相当に落ちる。環境は選手の成長進化に大きな影響を及ぼすだけに、調子を崩す可能性も捨てきれない。

 一つ言えるのは、ネイマールが移籍を決断したことで、欧州フットボールの戦力的図式がズレたことだろう。このズレを楽しむ。それが最前線のフットボールと言える。怒るのであれ、憎むのであれ、歓喜するのであれ。

 ネイマールは10番を求めているようで、その場合、アルゼンチン代表MFパストーレから10番を"強奪"することになるという。

 

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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