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スペイン人指揮官ヴェルディはJ2首位。グランパス風間監督はなぜ名将か?Jリーグ監督論。

小宮良之スポーツライター・小説家
今シーズンから東京ヴェルディで指揮を執るスペインの名将、ロティーナ(写真:アフロスポーツ)

「まだまだ課題は山積み。守備も、攻撃も、ポゼッションの精度も・・・例えば後半の試合の入り方や勝負のマネジメントだったりも、ね。でも、日々個人が良くなっていくことで、チームとしても向上していくはずだ」

序盤戦(第9節)でJ2暫定首位に立った東京ヴェルディのスペイン人監督、ミゲル・アンヘル・ロティーナは淡々と現状を語っている。昨シーズン18位だったチーム事情を考えれば、これ以上ないスタートと言えるだろう。ただ、酸いも甘いも経験してきた監督は、この程度の成績で浮つくことはない。

「フラットに見て、自分たちよりも戦力が上のチームがあるのも事実だろう。我々より明らかに完成度の高いチームもある。しかし、ヴェルディにも若く可能性がある選手がいる。昇格を目指した戦いになるだろう。しかし目下、彼らの力を伸ばし、チーム力を高めていくことが最優先だ」

ロティーナは、若手ボランチの井上潮音について「センスはある」と目をかけていた。井上だけでなく多くの選手にとって、ロティーナとの邂逅はまたとない好機だろう。指揮官によって、フットボールをする、という構造がまず作られ、そこで選手はプレーすることで正しくミスを修正され、本来の力を発揮できる状況になりつつある。この成長と組織の充実が同時に推移するのだ。

名将の条件とは何か?

それはタイトルの数ではない。

「選手を成長させ、躍進させること」

伝説の名将ルイス・セサル・メノッティの言葉である。

だとすれば、監督次第で日本サッカーはまだまだ発展する。

結果を出した監督が正しく評価されるべき

Jリーグは選手の質の停滞が云々されることがあるが、一番不足しているのは有力な指導者とそれを見分けるフロントの能力である。

高転びする名門クラブは、たいてい理解不能な人事=「素人同然」の監督を招聘で、地に堕ちている。現役時代のネームバリューだけに頼った指揮官選びが横行。他にも能力のない監督が何度か持ち回り、さすがに失格の烙印を押されるも、結局はクラブスタッフとして戻ったりしている。

結果として、「監督が監督として生きていく」という覚悟を持ちにくい。欧州王者ポルトガルでは、ジョゼ・モウリーニョ、ビラス・ボアスなどサッカー選手経験のない監督が台頭。欧州チャンピオンズリーグ、準決勝に進出したモナコを率いるポルトガル人監督レオナルド・ジャルディムもプロの経歴はない。彼らはいずれも十代で指導者の道に入り、二十代で監督をスタートさせている。

「名選手は名監督ならず、どころか、凡庸な監督が多い」(モウリーニョ)

監督は頭領である。全権限と全責任を担っている。特別な職務であるのだ。

欧州や南米では監督は監督の実績を積み、監督となる場合が多い。手始めはコーチであっても、監督は監督の道を行く。ユースであれ、下部リーグであれ、そこで監督の階段を踏む。その結果、1部クラブの指揮を執るときは立派なリーダーの顔になっている。責任をとる孤独や決断する重みという点で、監督とコーチという仕事は明らかに違う職種だ。

そこで問われるべきは、クラブのマネジメントだろう。正しい監督選びというのか。下のカテゴリーであっても、いかにチームを作り、どんな選手を成長させ、送り出しているのか。フロントはそこを見極め、投資するべきである。そこで結果を出したら、引き上げるべきだろう。例えば昇格に成功し、選手を成長させているレノファ山口の上野展裕監督や町田ゼルビアの相馬直樹監督などはもっと評価されるべきだ。

「選手時代のネームバリュー」は、監督では飾りでしかない。サッカーは野球以上に、監督の力量が欠かせないのだ。

風間監督が名将である理由

Jリーグクラブは、国外でも優秀な監督を見つけ出せるルートを確立するべきだろう。現在は代理人の手に委ねられるケースが多く、ものを見分ける目は養われず、「悪い商品」をつかまされることも。欧州や南米のクラブと比べると、外交力が低い。

「世界のJリーグ」を謳うなら、外国と交渉で渡り合える人材が足りないだろう。

Jリーグそのものの魅力がないと言うことはない。例えばセビージャのファンマ・リージョは、Jリーグで采配を振るう意欲を真剣に持っていた。筆者は彼の側近コーチから、履歴書まで渡されている。つまり、今や世界で最も評判の良いスペイン人監督は、欧州外ではどこよりも日本に興味を持っているのだ。

「治安が良く、施設も充実しているし、選手のポテンシャルも高い」

日本サッカーへの賛辞は尽きず、Jリーグ関係者は監督や選手と契約する経路を作るべきだろう。

今シーズンのJ1は、ヘッドコーチのように映る監督が多い。まともで丁寧だが、通り一遍で、リーダーとしての独自の視点に欠ける。指揮官としての厚みが感じられない。例えば川崎フロンターレを率いていた風間八宏監督が紡ぎ出す言葉は、一つ一つに含蓄があった。それは問答書のように哲学的でありながら、教科書のように具体的で簡潔な表現になっていた。

「風間さんはタイトルを取れなかった」

そう言う人もいるが、タイトルは指揮官を測るメジャーの一つであっても、絶対的なものではない。

風間フロンターレにおいて、多くの選手が進化を示した。

大久保嘉人は三十台で初の得点王を獲得し、3年連続を記録(4年目も日本人得点王)。中村憲剛は36歳にしてMVPに選ばれ、小林悠はフットボーラーとして習熟し、代表に選ばれた。大島僚太もスキルで頭角を現し、リオ五輪に出場。他にも谷口彰悟、車屋紳太郎が代表に呼ばれ、奈良竜樹、三好康児、板倉滉など若手も台頭、田坂祐介は攻撃的ポジションからDFにコンバートされてポジションを取った。

これは風間監督が名将であることの証である。彼のような指揮官が増えることで、Jリーグも発展が望めるはずだ。

ヴェルディのロティーナは、日本人選手に成長の触媒を与えるだろう。

彼自身、監督として誇りを持って生きてきた。多くのクラブを1部に引き上げ、セルタでチャンピオンズリーグベスト16に進出し、エスパニョールでスペイン国王杯優勝。一方で、レアル・ソシエダ、デポルティボ・ラ・コルーニャ、ビジャレアルというクラブを2部に降格させ、国内マーケットでは弾かれた。そこで国外に道を求め、カタールのクラブを2部から1部に引き上げ、東京Vでの挑戦権を得ている。

ロティーナの生き方には、監督の矜持を感じる。

それは必ず選手にも伝わるもので、感じられない選手は実力も器量もないのだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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