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プールは危険がいっぱい 泳ぎながら偶然を装って尻を触る痴漢が出没

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:イメージマート)

子どもが多くいるので危険

夏休みは、海水浴やキャンプ、プールやショッピングモール、夏祭りや花火大会など、子どもが弾ける機会が目白押しだ。しかし、そうしたイベントは、犯罪者にとっても絶好の機会になる。「子どもが確実にいる場所」が、はっきり分かるからだ。つまり子どもを狙った犯罪者は、「子どもがいそうな場所」、言い換えれば、「不特定多数の人が集まる場所」に現れるのである

アフリカの大草原サバンナで、肉食動物(ライオンやチーターなど)が、草食動物(シマウマやインパラなど)が集まる「水場」に現れるのと同じ理由だ。

そうなると、人通りのない場所よりも、人通りのある場所の方が危ないことになる。実際、4人の子どもを誘拐・殺害した宮﨑勤も、学校周辺や団地、つまり人通りのある場所に出没していた。

場所に注目する「犯罪機会論」の視点から言うと、「不特定多数の人が集まる場所」は、「入りやすく見えにくい場所」である。

40年以上にわたる「犯罪機会論」の研究の結果、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。「不特定多数の人が集まる場所」も、その一つのパターンというわけだ。

注意散漫と知らん振り

「不特定多数の人が集まる場所」には、誰でも簡単に入れるし(入りやすい場所)、そこでは「注意分散効果」と「傍観者効果」が生まれるので、心理的な視線が期待できない(見えにくい場所)。

ここで注意分散効果とは、人の注意や関心が分散し、視線のピントがぼけてしまうことである。したがって、人が多いと、親は「誰かがうちの子を見てくれている」と思いがちだが、実際は、誰も「うちの子」を見ていない。「うちの子」にスポットライトを当てるのは親だけなのだ。

また、傍観者効果とは、犯行に気づいても、「たくさんの人が見ているから、自分でなくても誰かが行動を起こすはず」と思って、制止や通報を控えることだ。その場に居合わせた人全員がそう思うので、結局、誰も行動を起こさない。

その様子を見て誰かが行動を起こすかといえば、そうはならない。今度は、「誰も行動を起こさないところを見ると、深刻な事態ではない」と判断してしまうからだ。

間違いだらけの本

このように、「入りやすく見えにくい場所」は、子どもにとって危険な場所である。

しかし、よく売れている子どもの防犯の本には、それと真逆なことが書かれていて、その恐怖に青ざめた。そこには、次のような記述がある。

  危険な場所:

  ・見通しが悪い道

  ・人通りの少ない道

  ・暗い道

  安全な場所:

  ・スーパー

しかし、以下の理由から、これらの記述はすべて間違いだ。

・見通しがいい道でも、周囲が田んぼや畑だけで、家の窓が見えなければ「見えにくい場所」である(2006 年の長浜園児殺害事件など)。

・人通りの多い道でも、注意や関心が分散し、傍観者効果も生まれるので「見えにくい場所」である(2006年の西宮女児連れ去り事件など)。

・人通りの少ない道より人通りの多い道の方が、ターゲットが多く、人混みに紛れて目立たずに尾行できる(2014年の神戸女児誘拐殺害事件など)。

・暗い道より明るい道の方が、事件が多い(2018年の新潟女児殺害事件など)。

・スーパーは、注意や関心が分散し、傍観者効果も生まれるので「見えにくい場所」である(2011年の熊本スーパー女児殺害事件など)。

こうした無責任な書籍が出回っている現実に恐怖を覚える。これをうのみにして、被害者が生まれなければいいのだが。

西宮女児連れ去り事件の誘拐現場(筆者撮影)
西宮女児連れ去り事件の誘拐現場(筆者撮影)

プールは犯罪の温床

あまり意識されていないが、プールも「入りやすく見えにくい場所」である。

朝日新聞によると(2020.12.26)、プールで泳ぎながら痴漢行為を繰り返していた福岡市の職員が懲戒免職になった。その職員は、クロールで泳ぎながら偶然を装って女児の尻を触っていたという。

また、読売新聞も(2022.5.14)、プールでわいせつな行為を繰り返していた甲府市の教諭が懲戒免職になったと伝えている。

「水中の格闘技」と呼ばれる水球では、かつて水面下で相手の水着を引っ張ったり、つかんだりといった反則が横行していた。「見えにくい場所」だからだ。そこで、水の透明度を高める化学薬品を採用することにした。その結果、以前より水中を見通せるようになったという。「見えやすい場所」にしたわけだ。

日本では普及していない「犯罪機会論」だが、海外ではこのように、スポーツの場面でも「犯罪機会論」が活躍している。

そういえば、サッカーの悪名高きフーリガン(暴徒化したファン)を抑え込んだのも「犯罪機会論」だった。

ゾーニングされたサッカースタジアム(イギリス) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
ゾーニングされたサッカースタジアム(イギリス) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

日本でも、施設や遊び場が、リスク・マネジメントの基本である「犯罪機会論」を取り入れることが切に望まれる。

しかしそれまでは、親が子どものそばにいることで、子どものいるゾーンを「入りにくい場所」にしたり、親が子どもから目を離さないことで、子どものいるエリアを「見えやすい場所」にしたりするしかない。そうやって、犯罪者から犯行の機会を奪い、子どもを守るのである。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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