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新型コロナワクチン詐欺の警戒警報が発令、だまされないために今すべきこと

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:show999/イメージマート)

新型コロナのワクチン接種に便乗した詐欺が横行し始め、関係機関が警戒を呼び掛けている。不安につけ込む犯罪は許し難いが、「けしからん」と怒っているだけでは、巧妙な犯罪には太刀打ちできない。そこで、ここでは、冷静に詐欺対策の戦略戦術を考えたい。

詐欺師の思うツボ

国民生活センターの発表によると、最近、消費者ホットラインに、

・スマートフォンに「ワクチン接種の優先順位を上げる」というメッセージが届いた。

・「ワクチンを優先的に接種できる」と所管省庁をかたった電話があった。

・余ったワクチンを案内していると電話があった。

・中国製ワクチンを有料で接種しないかという勧誘があった。

・携帯電話に新型コロナワクチンの関連で私の口座情報等を尋ねる電話があった。

といった相談が寄せられたという。

詐欺に引っかからないためには、「あせるな、あわてるな」が重要だが、新型コロナのワクチン接種に関しては、どうも行政自身が、住民を「あせらせ、あわてさせる」状態を作り出しているようだ。

「先着順」が、そのトリガーになっている。

「バスに乗り遅れるな」とばかりに、ワクチンに殺到している。

ワクチンの需要と供給が一致しないのなら、生年月日の末尾が奇数の人からとか、○○歳以上の人からといった「ゾーニング(すみ分け)」をしなければ、「あせらない、あわてない」は保証されない。

シミュレーションでパニック回避

政策の実施過程で混乱が起きるのは、シミュレーションが不十分だからだ。もちろん、シミュレーションは大変な作業である。多数の要素を考慮し、多数のシナリオを書かなければならない。しかし、シミュレーションなしには、正確な予測はできない。予測できなければ、課題も浮上しない。

「みんなでがんばれば何とかなる」という精神論の下では、「希望的観測」しか生まれない。心理学でいう「確証バイアス」だ。そこでは、一つのシナリオしか認められない。だれかが、課題を浮上させる別のシナリオを示しても、黙殺されるのが落ちだ。

シミュレーションは、最悪の事態も想定するので、追い込まれる前の「リスク・マネジメント」と結びつく。反対に、精神論は、行き当たりばったりなので、追い込まれた後の「クライシス・マネジメント」と結びつく。

例えば、学校で火災が発生したときに、火が燃え広がるのを防ぐ方法として、散水スプリンクラーを設置しておくのが「リスク・マネジメント」で、みんなでバケツの水をかけるのが「クライシス・マネジメント」である。

「孫子の兵法」のシミュレーション

シミュレーションの重要性を歴史上初めて説いたのは、2,500年前の古代中国の将軍、孫武だ。後に孫子と尊称されることになる、世界最古にして最高の兵法書の執筆者である。曹操、吉備真備、武田信玄、ナポレオン・ボナパルト、吉田松陰、東郷平八郎、毛沢東も、この書を愛読し、その影響力は現代のビジネスマンやスポーツマンにまで及んでいる。

「孫子の兵法」で最もよく知られたフレーズは、「彼を知り、己を知れば、百戦危うからず(相手を熟知し、自分を熟知していれば、何度戦っても危険はない)」であろう。敵と味方の戦力や戦意について、的確な情報を収集し、正確に分析し、客観的に比較することの重要性を説く言葉だ。

なぜこれが重要なのか。それは、敵軍と自軍の物理的・心理的な実態を把握できれば、戦争の勝敗を予測できるからである。そのため、孫子は、開戦前のシミュレーションの必要性を説いている。

「孫子の兵法」誕生地(蘇州市)に建てられた孫武像(筆者撮影)
「孫子の兵法」誕生地(蘇州市)に建てられた孫武像(筆者撮影)

負けそうなら戦わない

孫子によると、シミュレーションで勝てば実戦でも勝利し、シミュレーションで負ければ実戦でも敗北するという。このことを端的に表したのが、「算多きは勝ち、算少なきは敗れる(勝算が大きければ勝利し、勝算が少なければ敗北する)」という言葉である。

つまり、勝負は時の運ではなく、予測可能なものなのだ。孫子はそう断言している。予測できるからこそ、敗北という危険も回避できるわけだ。孫子が、「百戦百勝」ではなく、「百戦危うからず」と言っている意味もそこにある。孫子はまた、「戦うべきと戦うべからざるとを知るは勝つ」とも述べている。

このように、「孫子の兵法」は、シミュレーションに重点を置いている。「彼を知り己を知る」のも、シミュレーションの精度を上げるために必要なのだ。

犯罪とはだまし合い

敵のことを知らないために完敗してしまうケースが、「だまし」を用いた犯罪である。

犯罪者は、だましが大好きだ。

普通の犯罪者なら、略取(暴行・脅迫が手段)よりも誘拐(偽計・誘惑が手段)を好み、強盗よりも詐欺を好む。だましを用いた方が、力ずくでやるよりリスクが低いからだ。

強盗の場合、失敗すればすぐに逮捕される。しかし、詐欺なら、ほとんどの場合、失敗しても(だませなくても)すぐには逮捕されない。だまされる人が現れるまで、犯行を継続できる。

子どもを狙った性犯罪者も、いきなり襲えば捕まる可能性が高い。しかし、最後までだまし通せれば、親に告げられることもなく、犯行自体が発覚しない。

このように、犯罪にだましは付き物なのである。

孫子も、戦争にだましは付き物だと考えた。それを端的に示したのが、「兵とは詭道なり(戦争とはだまし合いである)」というフレーズである。それを踏まえて孫子は、「上兵は謀を伐つ(最上の戦略は陰謀をくじくこと)」と説いている。

孫子の教えに従えば、防犯においても、だまされないことは、欠くべからざる要素ということになる。

提供:CYCLONEPROJECT/イメージマート

主導権がキーワード

ではどうすれば、だまされずに済むのか。

前述したように、詐欺に引っかかるのは、「あせり、あわてる」からだ。

アメリカ航空宇宙局(NASA)のジュディス・オラサヌ主任研究員とアリゾナ大学のテリー・コナリー教授も、時間的プレッシャーがかかると(切迫感を抱くと)、疲労や不注意が生まれ、短絡的思考に陥ってしまうと説いている。その結果、他の選択肢が見落とされてしまうのだ。

こうして、まんまと敵の術中にはまるのが、詐欺のお決まりのパターンだ。

孫子は、「善く戦う者は、人を致して人に致されず(巧みに戦う者は、敵を思い通りに動かし、敵の思い通りには動かされない)」と教えている。つまり、主導権を握ることが、だまされない決め手になるというのだ。

確かに、犯人が、好きな時に、好きな場所から、好きな手段で連絡するのを許し、犯人からの情報だけで判断していては、主導権は犯人に握られたままである。

しかし、まずは、即答を避けて(時間的プレッシャーから解放されて)、次に、自分で調べ、自分で情報を整理し、自分で情報を評価すれば、主導権を奪い返すことができる。場合によっては、相手の提案を却下し、自分から提案してもいい。それが、主導権の行使である。

主導権を握り続けるには、シミュレーションを行い、複数のシナリオを書き、プランAがダメならプランBに素早く移る、そういった頭の柔軟性とフットワークの軽さも必要だ。こうした思考回路は、日常生活で実践を積み重ね、身につけていくしかない。

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立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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