Yahoo!ニュース

サンクトペテルブルグ爆発 「容疑者」像とプーチン政権の出方

小泉悠安全保障アナリスト
騒然とする爆発現場付近の様子(写真:ロイター/アフロ)

テロ事件の可能性が濃厚に

4月3日、ロシア第二の都市サンクトペテルブルグを走る地下鉄内で爆発が発生し、これまでに判明している限りで10人が死亡した。負傷者も50人ほどに及ぶと伝えられる。

爆発が発生したのは走行中の地下鉄車内である。ロシアメディアの報道によるとTNT火薬500グラム相当の爆発物が爆発し、殺傷力を高めるための金属球が飛散したという。

さらに市内の別の駅では消火器に偽装した爆発物(やはり金属球が詰められていた)が発見されており、テロ事件である可能性が極めて高い。

当時、サンクトペテルブルグには毎年恒例の記者会見に臨むため、プーチン大統領が滞在しており、これにタイミングを合わせたものと考えられる。

考えられる「容疑者」

今回の事件が爆弾テロである場合、考えられる「容疑者」は次のいずれかであろう。

第一は「カフカス首長国」で、もとはチェチェン独立運動のために結成されたものの、のちにイスラム過激派としての色彩を強めるようになった組織である。これまでにモスクワ=サンクトペテルブルグを結ぶ長距離鉄道の爆破、モスクワ地下鉄の爆破、ドモジェドヴォ空港(モスクワ)爆破といった重要交通インフラを狙ったテロを繰り返しており、この意味では今回のテロ事件とは類似性が認められる。

ただし、これらの多くは自爆テロであり、仕掛爆弾を用いる今回の事件とは手法面でやや異なる。

また、カフカス首長国はロシアの対テロ作戦によって近年、勢力を落としており、ここしばらくは大規模なテロに及んでこなかった。

そこで第二の候補として考えられるのが、イスラム国(IS)である。

2015年にシリアに軍事介入を行って以降、ロシアはシリア反体制派とともにISに対しても攻撃を加えてきた。2015年にエジプト上空で発生したロシア旅客機の爆破事件も、ロシアの介入に対するISシナイ州(ISのエジプト支部)の報復攻撃であったと見られている。

また、2014年には前述のカフカス首長国から一部の派閥が分派し、ISに忠誠を誓うようになっている。この勢力は2015年からISカフカス州として正式にISの支部として認定されており、今年3月にはチェチェンに駐屯するロシア治安部隊の基地を襲撃して6人の犠牲者を出していた。これ以前にも、ISによる小規模な戦闘やテロはロシア国内で発生しているほか、モスクワやサンクトペテルブルグでのテロを計画していたと見られるIS構成員がロシア国内で拘束されるなどしている。

プーチン政権の出方

いずれにしても、大統領選を前にしたプーチン政権としては、今回の事件が国民の支持離れにつながる事態だけは避けなければばらない。

折しもモスクワなど大都市ではメドヴェージェフ首相の汚職疑惑に端を発する反政府運動が発生している最中であり、来年3月に大統領選を控えたプーチン大統領としては「シリアなどに介入するからこんなことになるのだ」という非難を浴びる構図だけは避けたいだろう(前述の旅客機爆破の際も、当初はその懸念からテロ説を否定していた)。

こうなるとプーチン政権が取りうる選択肢は、「テロとの戦い」を掲げて今回の事件を国民世論の動員に利用する方向であると思われる。具体的には、北カフカスでの掃討戦強化やシリアでの大規模空爆といった派手な軍事的手段により、テロに屈しない強い政権をアピールする方向性が考えられよう。

大統領選まで1年を切ったロシアで、「テロとの戦い」が再び重要イシューに浮上する可能性が出てきた。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

小泉悠の最近の記事