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「核の三本柱」を整備しつつある中国

小泉悠安全保障アナリスト

中国と言えば、核不拡散体制下において正式に核保有を認められた5大国(米、英、仏、露、中)の一角であり、東アジアでは(おそらく北朝鮮を除いて)唯一の核保有国である。

ただし、中国の戦略核戦力はこれまで、ごく限られたものに過ぎなかった。たとえば10年前の2003年時点に関して言えば、ICBM(射程5500km以上)はDF-2×20基、DF-3×10基、DF-5×20基程度に過ぎず、しかも米国まで届くのはDF-5のみであった。

冷戦期、中国は米ソの双方を敵にまわしつつ核武装に踏み切ったが、当時の中国の経済力から言って米ソ並みの相互確証破壊(MAD)に必要な巨大な戦略核戦力の建設は難しかったため(毛沢東が「たとえパンツを履かなくても核兵器を作ってみせる」と述べたのは有名である)、英仏のような最小限抑止戦略を採用したわけである。

最小限抑止(minimum deterrence)とは、「相手に耐えがたい打撃を与える最小限度の核戦力を保有すること」(ローレンス・フリードマン)であり、英国の場合で言えばソ連の人口の約20%を死亡させる能力をメドとしていた。

中国が米国やソ連に対してどの程度の打撃を与える能力を目指していたのかは明らかで無いが、おそらくはニューヨークやモスクワといった大都市圏を標的とする対価値攻撃(カウンター・バリュー)戦略を採用していたのであろう。

米ソは後に住民や政経中心、産業基盤ではなく敵の軍事力(特に戦略核戦力)そのものを目標とする対兵力攻撃(カウンター・フォース)戦略へと移行していくが、これには数と精度(堅固に防御されたサイロ内の敵ミサイルを破壊するにはかなりの命中精度が必要になる)が必要であり、冷戦期の中国が選択できる戦略ではなかった。

ただし、単に最小限の核戦力を持っているだけでは敵の先制攻撃で全滅してしまう恐れがある。

このため、英仏は核抑止力の基礎を弾道ミサイル原潜(SSBN)とし、容易に敵の先制攻撃では破壊されない体制を採用した。

中国においても、「少数だが効果的」という形で戦略核戦力の生残性は度々強調されている(Yao Yunzhu, “Chinese Nuclear Policy and the Future of Minimum Deterrence,” Strategic Insights, Volume IV, Issue 9 (September 2005))

ところが中国の場合、最初の原子力潜水艦である091型攻撃型原潜(SSN)を実用化できたのはようやく1970年代に入ってからであり、SSBNとなると、1980年代後半に092型が1隻のみ実験的に就役しただけであった。

この092型は騒音レベルが高い上、搭載するJL-1潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は射程が1700km(後に2500kmのJL-1Aへと発展)しかないため、米ソの政経中心を狙えるようなものではなかった。しかも放射能漏れ事故が相次ぎ、まともな戦力として数えられていないと見られる。

爆撃機について見ると、これまで中国空軍が保有していたH-6爆撃機は中ソ対立の勃発前にソ連から導入したTu-16爆撃機のコピー(H-6)およびその発展型であり、やはり近代的な戦力とは言いがたかった。

航続距離から言ってもシベリアやグアムの米軍基地への攻撃がせいぜいだが、米ソの防空網を考えれば実際にその上空まで接近できる可能性はあまり高いとは言えない。

要するに、従来の中国が保有してきた「核の三本柱(トライアッド)」は、敵の先制攻撃に対する脆弱性が高いICBMと、技術的な信頼性が低いSSBN、そして旧式の爆撃機から成っていたと言える。

中国の核戦力増強

ところが、近年、こうした状況には変化が見られる。

まず現象面だけをまとめてみよう。

(1) ICBM

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第一に、中国は地上配備のICBMに対して、数と質の両面から増強進めている。

数について言えば、中国のICBM配備数は現在、75基と見積もられており、この10年間で20基以上増加している(ただし旧式のDF-3は米国には届かない。DF-2は退役を完了)。

質については、サイロ配備型のDF-2に代わり、2000年代半ばから道路移動式のDF-31(射程7200km)や改良型のDF-31A(射程1万1200km)の配備が始まっており、生残性や攻撃可能範囲が拡大している。

道路移動型ICBMはかつてのソ連が生残性の高いICBMとして大々的に配備していたものであり(米国でも検討されたが実現せず)、米ソの第一次戦略兵器削減条約(START1)では厳しい制限が課せられた(ただし完全に禁止されたわけではなく、その後もソ連・ロシアはこれらの移動式ICBMを保有し続けている(詳しくは以下の拙稿を参照)。

つまり、中国のICBM戦力は規模こそ小さいものの構成としては旧ソ連並みになりつつあると言える。問題はその規模がどの程度になるのかだが、これについては後ほど改めて考えてみたい。

(2) SSBN/SLBM

実戦配備が近いと見られる094型SSBN
実戦配備が近いと見られる094型SSBN

第二に、SSBNとSLBMから成る海洋配備型戦略核戦力である。

これについては、中国海軍は2000年代以降、092型の後継となる094型SSBNを3隻就役させている。

094型は射程8000〜1万4000kmに及ぶJL-2 SLBMを各12基搭載可能なSSBNであり、これにより、中国は初めて米本土攻撃が可能な海洋配備核戦力を手に入れたことになる。

問題はJL-2の開発が難航し、実戦配備が遅れていることだが、最近では開発が最終段階に入り、近く実戦配備が開始できると見られている。

JL-2が実用化した場合、プラットフォームである094型は前述のように3隻整備されているので、常に1隻は洋上パトロールに出すことが可能となろう。

ただし、094型は船体側面に注排水用のフリーフラッドホールが並び(旧式潜水艦によく見られるものだが、水中雑音のもとになる)、外見からするとあまり近代的なSSBNには見えない。

また、JL-2の射程も、中国近海から米本土を狙うにはやや不足があり(MIRV[複数個別誘導弾等]の場合。弾頭数を減らした場合には米本土主要部を射程に収められると思われるが攻撃目標数は当然、減少する)、さらに次世代のSSBNやSLBMが構想されている可能性はある(実際、中国は最近になって弾道ミサイル発射試験用の043型通常動力潜水艦を就役させている)。

(3) 戦略爆撃機

第三に爆撃機であるが、中国は最近、H-6爆撃機の最新バージョンであるH-6Kの実戦配備を開始した。

H-6Kは旧式のH-6を再設計した機体であるが、最大のポイントはDH-10長距離巡航ミサイルの運用が可能になったことである。

これまでH-6シリーズは自由落下爆弾や射程数百kmの短距離ミサイルしか運用できず、したがって鈍足の機体で敵防空網に接近しなければならなかったが、射程2000kmとも言われるDH-10であれば、目標のはるか手前からスタンド・オフ攻撃が可能となる。

ただし、それでもH-6Kでは米本土攻撃は考えにくく、日本、フィリピン、グアムなどを攻撃圏内に入れるのがせいぜいであろう。

中国は「最小限抑止」を脱却するのか?

以上のように、中国が「核の三本柱」を整備しつつあることは客観的事実として確認できる(爆撃機の能力を考えると「二・五本」と考えた方が正確ではあるが)。

ただし、中国は米露のような弾道ミサイル早期警戒システムを持たない。

つまり、敵ミサイルの発射熱を感知する早期警戒衛星や、その飛翔コースを追跡するための早期警戒レーダーなどだ。

しかし、核の三本柱を整備している以上、敵の攻撃をなるべく早期に察知し、素早く報復を行う能力は必須であり、近く何らかの早期警戒システムが登場してくることは確実であろう(たとえば『産経新聞』は中国が早期警戒衛星の実用化を急いでいることを伝えている)。

また、中国は独自のミサイル防衛システムの研究開発も行っており、この意味でも早期警戒システムは必須の筈である。

そこでとりあえず、中国が近いうちに早期警戒システムと核の三本柱を完成させることは確実であるとして、問題はその規模である。

つまり、中国が小規模な核の三本柱によって引き続き最小限抑止戦略を維持するのか、それとも核の三本柱を量的に拡大して米露並み(あるはその半分程度)の戦略核戦力を保有しようとするのか。

米空軍が公表している “Ballistic & Cruise Missile Threat”という報告書によれば、中国は今後、ICBM戦力を質的・量的に増強していくと見られ、射程の延伸やMIRV化によって米国内の100目標を攻撃できるようになると予測している。

JL-2を搭載した094型SSBNも含めれば、さらに多数の目標が中国の射程圏内に入る(南シナ海のパトロール海域から発射した場合、米国東海岸の大都市圏やカナダの弾道ミサイル早期警戒システムなどを射程に入れることができる)。

ただし、これを以て中国が最小限抑止戦略から限定的ないし全面的に米露に並ぶ戦略核戦力の獲得に乗り出したといえるかどうかは疑問符が付く。

上で引用したYaoが述べているように、中国の「最小限抑止」とは量的なものというより質的なものであり、現在の環境の中で抑止力が確保できているかどうかを問題にする傾向がある(ただしYaoは人民解放軍将校であり、この点は多少割り引く必要がある)。

そのようにしてみると、1990年代以降に米国がミサイル防衛網の配備を本格化させたことが中国にとっての「最小限」のラインを変化させた可能性は考えておく必要があろう。

特に米国がアラスカとカリフォルニアに配備しているGBI(地上発射迎撃体)や機動型のTHAAD(戦域高高度防空)システムはICBMの迎撃が可能であり、戦略核投射能力を増強しなければ「最小限」の抑止が保てなくなると中国側が見なしている可能性は高い。

したがって、現時点での筆者の観測としては、中国の戦略核戦力は今後も多少の増大を見るものの、米露並みの水準に達する可能性は低いのではないか。

非戦略核戦力の動向

中国の新型IRBM DF-25と見られる画像
中国の新型IRBM DF-25と見られる画像

ただし、注意しておかなければならないのは、上で述べたことはあくまでも戦略核戦力に限った話であるということだ。

米国防総省の議会向け報告でも指摘されているとおり、中国は台湾有事を睨んでより射程の短い短距離弾道ミサイルを一千基以上整備しているほか(ただし核弾頭装備型は一部)、一時は開発中止になったと見られていたDF-25中距離弾道ミサイルの整備を再開(または継続)している。

仮想敵国であるインドが1990年代以降、核武装を本格化させ、最近ではSSBNの配備を間近に控えていることを考えれば、非戦略核戦力の整備を強化していく可能性は充分に考えられよう。

ロシアが中距離核戦力(INF)全廃条約の破棄に言及し始めている背景にも、こうした中国の動向が影響しているものと思われる(詳しくは以下の拙稿を参照)。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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