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このままでは650万人の雇用消失も! 事業承継支援策3つの盲点

小出宗昭中小企業支援家
事業承継問題は高度で貴重な技術も失いかねない(写真:アフロ)

 事業承継問題により、廃業していく中小企業・小規模事業者が後を絶たない。中小企業庁によると、2025年頃までに70歳を超える中小企業の経営者は245万人に達し、その半数は後継者が決まっていないという。このままでは、同年までに累計650万人の雇用と22兆円の国内総生産(GDP)が失われる試算だ。「職人技」としてテレビ番組もとりあげるような、高度で貴重な技術も埋もれていく。そこで国は各都道府県に新たな支援センターを設置し相談窓口を増やす促進策を相次いで打ち出している。だが私は、潜在的に3つの大きな問題点があり、根本的解決につながらないのではないかと懸念している。

1)相談するかどうかは信頼関係の問題

 昨年、静岡県内のある名門企業のオーナーの方から突然連絡があり、事業承継問題について相談を受けた。75歳になるその方は長らく悩み続けていたそうだが、「実は、相談したのはあなたで2人目だ」と言われた。

 前述のとおり事業承継の相談窓口は全国に用意されている。しかし、こうした経営者にしてみると、金融機関はもちろん周囲にすら相談できないなか、いきなりそうした所へは行きづらかったようだ。たしかに、今まで接点もない人に、極めて秘密にしておきたい部分までも相談するのだから、これは相当信頼がなければできないことだろう。

 私に突然連絡があったのは、NHK「クローズアップ現代+」で私どもの取り組みが放映されたのを見ていて、思うところがあったようだ。f-Bizという支援機関の考え方や実態の見える化ができていたことから安心して相談をもちかけたのではないだろうか。

多くの中小企業では、株式会社であっても株のほとんどを経営者が所有していることから、事業承継は相続問題と密接につながっている。じつに個人的な問題となるわけだ。だが、どうも現行の事業承継支援策では、通常の相談とは質が違うということが認識されていないように見受けられ、そこに私は危機感を感じている。

2)当事者が事業承継問題に気付いていない

 起業相談でみえた女性のケースだが、話を聞いたところ、自身は家業を承継する立場にあり、家業そのものは好きなのだが、父親との間に確執があることがわかった。娘を立派な後継者として育てたいと思うあまり、親があきらかに度を越えた厳しい対応をしていたようで、彼女としては、これなら自分で起業して親元を離れたほうがいいという、いわば苦肉の策だった。一見これは起業相談だが、根幹にあるのは事業承継問題に違いない。もちろん、「家業が嫌い」というのであれば話は別だが、嫌いなのは親であり、仕事そのものは好きなのだからうまく承継できるに越したことはない。そこで私どもは、弁護士のほか、精神的ダメージもひどかったことからカウンセラーを紹介した。まずは今の状態を正常な形にしたうえで事業承継にあらためて取り組んでいこうということで、本人も納得。本音では家業を承継したかったのだが、とんでもなく親子関係が崩れ精神的にも不安定になっていたことから、それを望んでいても現実的には無理だと彼女は思っていたのだ。

 従業員500人規模の企業の幹部数名から起業相談を受けたときも同様だった。自分たちで独立したいという、一見よくある起業相談だった。だが、ヒアリングをすすめていくと、本当は今の会社でやっていきたいのだが、超ワンマン社長のもと、これ以上は付き合えないという、つまり従業員と経営者との間に確執があったのだ。じつは、この会社は後継者が決まっていなかった。だとしたらこれもやはり事業承継問題である。そこで私は、「社長が持っている会社の株を皆さんが買い取ったらどうか」と、MBO(マネージメントバイアウト)を提案した。すると、「自分たちでは直接社長には言えない」というので、取引金融機関の支店長を通じて伝えてもらえるよう提案。その方向で解決に向かった。

 いずれも、起業したら成功するかもしれない案件だ。一方、相談者が言っていることだけを捉えて対応していると、間違った方向とまでは言わないが、解決できたかもしれない事業承継問題がおきざりになり残念な結果になることもある。

3)事業承継問題が未着手なままでの操業

 以前から私どもで支援してきた仕出し店の経営者が急病で突然亡くなるということがあった。給食サービスも行っていたため営業を止めるわけにもいかず、急きょ親族内で相談し、奥さんが後継社長に着任し再スタートをきった。会社はそのまま回り出したわけだが、事業承継の準備をまったくしていない状態だった。今後何年も続けていくなか、あらためてビジョンを描く必要がある。そこで私どもでは、いったん落ち着いたところで、新たな経営者としてこの会社をどうしたいのかというところをしっかりヒアリングし、計画書作成支援等を行った。

 似た事例で、最初は「遊休不動産を活用してコインランドリーをやりたい」という起業相談だったのが、よく話を聞いてみたところ、経営者である父親が介護状態になり介護しながらできる事業をやりたいという背景だったというケースもある。事業承継に関しては手つかずだったため、コインランドリー開業支援の一方、事業承継問題にも着手した。事業承継対策が未着手なまま、こうした突然の出来事により日々の経営で手一杯になっている事業所は多い。

富士市産業支援センターf-Bizでの普段の相談の様子(f-Biz撮影)
富士市産業支援センターf-Bizでの普段の相談の様子(f-Biz撮影)

 事業承継問題の解決には、第一に支援する側が「中小企業の経営者にとって会社は人生そのものだ」ということをしっかり認識できていなければならない。そこがわかっていれば、事業承継の相談をすること自体が大きな決断だと理解できるはずだ。

 要は、同じ経営相談でも事業承継問題は明らかにその重み深み、質が違うということだ。だとしたらこの問題解決には、単に相談窓口をつくればいいわけではなく、「事業承継問題について精通していてかつ相手から強い信頼を得られるような人材づくり」が必要なのではないか。相談できるに足る、対応可能な信頼性の厚い新人材づくりこそ急務だと、現場で日々経営者の相談にあたる私には思えてならない。

中小企業支援家

59年生まれ。法政大卒後、静岡銀行に入行。M&A担当等を経て、01年静岡市の創業支援施設へ出向。起業家の創出と地域産業活性化に向けた支援活動が高く評価され、Japan Venture Award 2005経済産業大臣表彰を受賞した。07年浜松市に開設された中小企業支援施設への出向中に故郷の富士市から新設する中小企業支援施設のセンター長着任を依頼され、08年銀行を退職し会社を立ち上げ施設の運営を受託し12年に渡り運営した。知恵を使って売上を生む小出流の中小企業支援をわが町にもと取り組む自治体が全国20カ所以上に拡がった他、NHK「BS1スペシャル」や「クローズアップ現代等でその活動が特集された。

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