Yahoo!ニュース

経営者・起業家こそ観るべき映画――『イーちゃんの白い杖』ヒットの理由をひもとく

小出宗昭中小企業支援家

静岡県内で今、ムーブメントを起こしている映画がある。

全盲の姉と重度の障がいをもつ弟、そしてその家族の20年間を追った『イーちゃんの白い杖』だ。

画像

主人公であるイーちゃんこと小長谷唯織(こながやいおり)さんは静岡県焼津市生まれ。先天性両網膜色素変性症という病気で生まれつき目が見えない。

障がい者にカメラを向けることが絶対的にタブー視されていた当時、静岡盲学校(当時)の百周年記念にあたりこれは特番で終わるはずだった。しかし、おしゃべりで元気いっぱいの彼女に、「この子は感性が違う」と報道担当者は直感し、その後も取材を重ねた。

こうして完成したTVドキュメンタリーが後に数々の賞を受賞し、開局50周年記念の今年映画化されたのだが、静岡県内3カ所で2週間に渡って上映予定だったものが、平日でも来場者が絶えず、続映、続々映が決定。

なぜここまで支持されているのか? ひもといていくと、このドキュメンタリーは感動を売り物にした、いわゆるお涙ちょうだいものではなく、困難な状況にあっても悲壮感のない、むしろ最後は痛快でさえある感動ストーリーであることがわかる。

そしてじつは、イーちゃんとその家族のあり方には、中小企業経営の成功につながる共通点が重なっているのだ。

●できないから「嘆く」のではなく「知恵を絞る」

小学時代は、電車とバスを乗り継いで片道50分のところにある静岡市の盲学校に通っていた彼女。同級生はおらず、授業は先生と2人きりで行われた。

生き物を観察する理科の授業では、カブトムシの幼虫や魚を手で触ってみることで、それがどういうものかを知ることができた。

算数で、物差しを使ってものの長さを計る授業では、「天井ってどこ?」という彼女の疑問に、担任の先生は、ロッカーの上に机をプラスし(乗せ)、ここまでは何センチと伝えて彼女を登らせた。それでも天井には届かず、さらに椅子をプラスし、その長さを確認しながら登らせ、ようやく天井にタッチ。そこで彼女の身長と手の長さを合算し、天井までの高さを割り出した。目には見えなくても天井がどのくらいの高さにあるのかがわかった。

画像

f-Bizに見えるのは、ほとんどが中小企業、小規模事業主の方で、「人・モノ・金」すべてにおいて問題を抱えている。みなさん今より良くありたいと思って相談に来られるのだが、そうした中で流れを変えるために必要なものは何かというと、この事例同様「知恵」である。目が見えないからわからないのではなく、どうしたら見えなくてもわかるか? 中小企業支援、ひいては会社の経営も同じで、知恵を絞れば「できない」が「できる」に変わっていく。

 

●問題点の指摘ではなく強みを探して伸ばす

同級生がいなかったさみしさから、中学は東京の盲学校へ進学した彼女だったが、障がいを持つ者同士であるにもかかわらず、全盲であることからいじめにあってしまう。

そんな彼女に母親は、「現実から逃げないでほしい」と厳しく接した。学校にいても家にいても辛い日々の中で、大好きだったピアノの練習も作家になる夢も辛いものになり、自暴自棄になりかけた。

後に、「あの時は死のうと思った」と回顧しているが、それを思いとどまらせたのは、重度の障がいを持ち、何度も大手術を受けながら懸命に前進しようとする弟の姿だった。彼女は自分の甘さとともに「私の弟だから強いんだ!」と気付く。

画像

企業支援においても、問題点を探して指摘・改善するのではなく、あくまでも現状の中で強みを探し、そこを伸ばすことが重要だと言える。

一見、乗り越えられない壁のように思えることでも、あらゆる角度から360度自由自在に眺めてみると、突破口となる強みが必ず見えてくるものだ。

大正時代から続くある老舗食品メーカーは、資金不足のため、今どき瓶入りのソースを生産していた。プラスチック容器と違い古びた印象であることを同社は気にかけていたが、相談を受けるなかで私は、瓶は回収してリユースできること、さらに、高圧殺菌処理を行わなければ使用できないということから、化学添加物を使用していない安心安全な商品だと気付いた。

つまり、プラスチック容器に変えなくても、これらの強みを生かせば流れを変えることができると確信したのだ。

その後同社では瓶のリユースをはじめ、オーダーメイドソースの販売など、小さな会社だからこそできる様々なアイデアを展開し、確実に売上を伸ばしていった。

商品も設備も古い、時代遅れの食品工場は、「創業以来の伝統を守り、熟練のスタッフが真心を込めて安心と安全にこだわったソース作りを続ける、環境にも優しい会社」だったのだ。消費者の心をつかまないわけがなかった。

●突破口はチャレンジの先にある

学校を卒業し、自立したいと思い悩み続ける中で彼女は、東京の学校で知り合った同じ障害を持つ男性に相談を重ねた。そして、一度挫折したあん摩マッサージ指圧師の国家資格に再び向き合い、ついに就職も果たす。

数えきれない程の試練があったはずだが、苦労のかけらさえも感じさせない彼女の笑顔は、困難にあってもあきらめず、前進することの大切さを物語っているようでもある。そしてそれこそが、多くの支持を集め異例のヒットにつながったのではないかと私は推測している。

中小企業、小規模事事業者を取り巻く環境は決して甘いものではなく、困難の連続にあるかもしれない。しかし、だからこそ挑み続けなければならない。

だとしたら、このドキュメンタリー映画は、多くの経営者、起業家の方こそ必見ではないか。イーちゃんの姿、そして、小長谷家の一枚岩となってのチャレンジに、必ずや勇気とヒントを与えてもらえるはずだ。

画像

●情報

『イーちゃんの白い杖』(テレビ静岡開局50周年記念映画)

http://www.sut-tv.com/ichan/

※自主上映会情報

http://www.sut-tv.com/ichan/jyouei.php

中小企業支援家

59年生まれ。法政大卒後、静岡銀行に入行。M&A担当等を経て、01年静岡市の創業支援施設へ出向。起業家の創出と地域産業活性化に向けた支援活動が高く評価され、Japan Venture Award 2005経済産業大臣表彰を受賞した。07年浜松市に開設された中小企業支援施設への出向中に故郷の富士市から新設する中小企業支援施設のセンター長着任を依頼され、08年銀行を退職し会社を立ち上げ施設の運営を受託し12年に渡り運営した。知恵を使って売上を生む小出流の中小企業支援をわが町にもと取り組む自治体が全国20カ所以上に拡がった他、NHK「BS1スペシャル」や「クローズアップ現代等でその活動が特集された。

小出宗昭の最近の記事