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北朝鮮「陸の孤島」に追放された、エリート軍人一家の悲しい運命

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

 今月初め、北朝鮮の首都・平壌から20人あまりを乗せた車が地方へと向かった。行き先は、核実験場で世界的に知られた咸鏡北道(ハムギョンブクト)の吉州(キルチュ)だ。

 今月26日の道・直轄市・市・区域・郡の人民会議代議員(地方議会議員)の選挙を控え、先月31日から地域間の移動を禁止する命令が下されている中で、なぜそんなに多くの人が移動したのか。咸鏡北道のデイリーNK内部情報筋が、詳細を伝えた。

 彼らは元々、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の平壌市防御司令部の部隊に所属していた軍官(将校)だった。吉州郡日新里(イルシンリ)の農場の農民が車中に見たのは、階級章のないカーキ色の服を着た男性、その妻子と思しき人たちだった。農民は「何らかの事件に巻き込まれ、平壌から追放されたのだろう」と思ったとのことだ。また、日新炭鉱にも同じような人々が10人ほどやってきた。

(参考記事:山に消えた女囚…北朝鮮「陸の孤島」で起きた鬼畜行為

 彼らは住む家がないため、炭鉱の作業班の宣伝室などに身を寄せた。その翌日から、泥と砂、砂利、土を使って自分たちで住む平屋建ての家を建てよとの指示を受けて、作業に取りかかった。

 吉州郡保衛部(秘密警察)は住民に対し、「あいつらは追放されてきたので、同情して食べ物を与えたり、家に泊めたりしてはならない」と命じた。それにもかかわらず、薪もなく寒さに震える彼らを見て気の毒に思った何人かが、「いくら何でも助けるべきじゃないか」と、お湯をタライに入れて持っていったとのことだ。しかし、農場や炭鉱の幹部は、彼らのことをいっさい無視している。

 村の人々は、選挙を控えたこの時期に追放された人々がやって来たことに首を傾げている。

「選挙期間中には移動が禁止され、引っ越しはできないはずなのに、なぜ平壌から大勢が来たのか」(情報筋)

 村人の噂によると、彼らは、所属していた部隊が縮小されることになり故郷に戻ることになったが、平壌に居座ろうと騒ぎ立てたため、追放されたという。また、偵察総局(軍の工作機関)で勤務していた軍官やその家族もいるとのことだ。

 平壌で勤務できる軍官は、思想や忠誠心の面で問題のないエリートで、35年勤務すると平壌在住資格が与えられる。平壌に住めるだけで、一種の特権階級と言えるほど、地方との格差が大きい。それだけあって、なんとか平壌に残ろうと頑張ったのだろう。

 しかし、そのせいで故郷よりずっと環境が悪いであろう地域に追放されてしまった。平壌で生まれ育った人ならそんな目に遭わなくて済んだはずだ。

 とはいえ、日新里は核実験場からは遠く離れており、幹線道路に沿った村で、まだ配慮してもらえた方だと言えよう。運が良ければ平壌への復帰が認められる人がいるかもしれない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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