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「コロナ、わが国の手に負えない」北朝鮮の病院長、本音を言って処罰

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

 5月12日に国内での新型コロナウイルスの感染者が発生したことを公式に認めた北朝鮮。公式発表では、有熱者(発熱患者)の数は右肩下がりで減っており、ピークだった5月15日には39万2920人に達していたのが、今月5日以降は2000人を切っている。

 だが、処罰を恐れた関係者が意図的に数字を減らして報告しているのではないかとの声が相次ぎ、治療薬の高騰、品薄、隔離施設の不備など、疑惑を裏付けるような情報も相次いでいる。

 そんな中、朝鮮労働党咸鏡北道(ハムギョンブクト)委員会(道党)は、5月12日から先月下旬に至るまでの道内の非常防疫事業の総和(総括)を行ったが、多くの幹部が処罰されることとなった。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

処罰されたのは会寧(フェリョン)市、穏城(オンソン)郡、鏡城(キョンソン)郡、延社(ヨンサ)郡の病院の院長、技術副院長など、現場の実務責任者だ。

 道党は各市・郡の非常防疫会議に乗り込んで総和を行い、「党の原則にのっとっていない行動を行った」「恣意的解釈と非医学的結論を根拠にした発言で住民を恐怖と不安に震えさせた」との理由で、彼らを解任したのだが、彼らは一体どのような発言をしたのだろうか。

「外国から予防注射を取り寄せなければならない」

「この病気はわが国(北朝鮮)では手に負えない」

「わが国は医療水準が遅れており、解熱剤一つですら不足している」

「免疫力の弱い人々に、薬草を煎じた薬を飲ませろというのは、現代医学を学んだ医者の言うことではない」

 いずれも正論だ。

 解熱剤など治療薬の不足は現実に起きていることであり、ワクチンも国内での研究が進まず、中国から取り寄せた物を特権層、一部の平壌市民、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の一部兵士に接種しただけで、一般庶民の手には届かない。

(参考記事:「高熱の患者をそのまま火葬」感染爆発の北朝鮮で深まる闇

 また、消毒薬が足りないため、ヨモギを燻した煙や塩水で消毒したり、鼻うがい、柳の葉の煎じ薬、舌磨き、足裏マッサージなどを、とても効果があるとは思えないような民間療法を、当局や国営メディアが宣伝する有様だ。

 医学的知見を持ったプロだからこそ、こんな馬鹿げたコロナ対策に異論を呈したわけだが、不適切な発言だとして、保衛部(秘密警察)を通じて、道党に報告された。彼らの発言のせいで、地元住民は政府の民間療法のススメに耳を傾けず、感染状況がむしろ悪化したというのだ。

 そればかりか「わが国が過去2年間、安定した防疫体制を維持して、最近、国家貿易事業が最大非常防疫体系に移行してからも、伝染病の感染状況が好転できたのは、すべて党と国家の懸命な防疫政策、規律、措置があったおかげ」だと自画自賛したという。

 知識や技術を持った専門家や技術者より、何の役にも立たない思想の専門家である朝鮮労働党が指導的役割を担うのが、北朝鮮の基本構造だ。たとえ非科学的なもの、技術的に無理なものであっても、党が言ったとおりにしなければ「経験主義者」などとして、厳しく批判され、排撃される。

 そんな体制は、過去にも様々な問題を引き起こしてきたが、改革されるどころか、むしろ強化されているのが実情だ。かくして、貴重な人命や財産が失われる事態となっても、責任は現場に押し付けるばかり。「この病気はわが国では手に負えない」という医師の言葉は、核心をついている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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