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家族思いの女性を陥れた、北朝鮮「人民班長」の人面獣心

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 今月15日の太陽節(金日成主席の生誕記念日)に向けて、北朝鮮では様々な政治的行事の準備が進められている。その中の一つが、「忠誠の歌の集い」だ。内容は文字通り、金日成氏に忠誠を尽くす歌を歌う集会で、主に女盟(朝鮮社会主義女性同盟)が主催して、女性が参加する。

 国営の朝鮮中央通信は2019年10月、首都・平壌で行われた忠誠の歌の集いの全国大会の様子を次のように伝えている。

集いで各出演者は、金正日総書記を永遠の総書記に高くいただいた朝鮮労働党に最大の栄光と美しい歌をささげたい全国の女性の心を歌った。(中略)また、党の指導の下に日々変ぼうするわが祖国の現実と朝鮮女性の崇高な精神世界を謳歌した。

 こうした行事は、練習と本番にどのような姿勢で臨むかで、参加者に対する政治的な評価が決まるのだが、もし欠席したらどうなるのか。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

 清津市羅南区行きに住む30代女性のハンさんは、結婚して4年目。3歳の子どもを育てながら、一家を支えるために商売をしている、ごく一般的な北朝鮮女性だ。そして、コロナ鎖国下で苦しい生活を強いられているのも、他の多くの女性たちと同じだ。

 そんな中、人民班長(町内会長)は忠誠の歌の集いの練習を行うと告知したが、ハンさんは3回以上欠席した。家では夫と子どもが食事を待っているのに、米びつにコメがなく、家族を食べさせるために、練習に参加できる状況ではなかったのだ。その結果、労働鍛錬隊(軽犯罪者を収容する刑務所)10日の処分を受けてしまった。

 北朝鮮の刑務所は、環境がきわめて劣悪で過酷だ。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

 当局は、人民班長の権限を大幅に強化し、人民班生活(人民版で行う会議、動員、催し物に参加すること)に3回以上欠席した住民を10〜15日の労働鍛錬刑を課す権限を与えた。ただし、悪用が懸念されるため、処罰の理由と事実関係を管轄の安全部(警察署)に知らせてから処罰を行うようになっている。

 だが、そのシステムはきちんと働いていないようだ。人民班長は、普段から仲の良くなかったハンさんを陥れるために、私怨で労働鍛錬隊送りの処分を下したのだ。

 そのことを知った情報筋は憤慨している。

「鍛錬隊処罰は犯罪を犯した者が受けるものなのに、食糧問題解決のために歌の練習に参加できなかったことを犯罪と同じ扱いにするなんて話にならない。そんな祝日を誰が祝うのか。本人はサボったわけでもなく、家族を食べさせるために少し参加できなかっただけなのに、それを問題にして労働鍛錬隊送りにするなんて、あまりにも非情で不当な処分だ」

 人民班長は住民の思想動向を監視する役割を担うと同時に、生活に行き詰まるなどして苦しい思いをしている人の面倒をみるという役割を担っている。選挙に相当する「推薦事業」を経て選ばれるものだけあり、今回のようなことを続けるならば、住民の信頼を失ってしまうだろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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