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北朝鮮軍の元将校らが政府に抗議活動「忠誠の対価、こんなものか」

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 昨年11月、北朝鮮・咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)市人民委員会の庁舎前に、多くの中高年男性が集まり、抗議の声をあげた。彼らは、30年以上指揮官を勤めた除隊軍官(退役将校)たちだ。いったい彼らに何が起きたのか。

 国際社会の制裁とコロナ鎖国により北朝鮮の経済難が深刻さを増す中、かつては厚遇されていた除隊軍官への待遇が徐々に悪くなっている。つい先日も、露天商をして暮らしていた除隊軍官の一家が、経済的に困窮し、餓死寸前になって辛うじて発見され、一命を取り留める事件が起きている。彼らの現状を、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

 咸興市の行政幹部によると、除隊軍官には本来、住宅が与えられることになっているが、何年経っても住宅は与えられず、そのほとんどが工場の合宿所の一部屋を借りたり、知人の家に居候したりして暮らしている。北朝鮮では貧しい家の出の末端兵士が最も苦しい状況にあるとされてきたが、除隊軍官の苦境もハンパではない。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

 そして遂には、あまりの状況に怒りを爆発させ、人民委員会の前で抗議活動を行う一団も現れたという。

 首都・平壌では現在、「平壌市1万世帯住宅」など複数の住宅建設プロジェクトが行われている。地方でも住宅や病院の建設が行われており、除隊軍官向けの住宅が建設されることもあるが、資材と労働力の多くが平壌に駆り出されている状況で、地方での工事は遅々として進んでいない。

 社会的に除隊軍官を優遇せよという朝鮮労働党の方針も数多くあり、人民委員会には彼らの生活を支援する部署もあるが、住宅問題だけはどうしようもない。これは咸興市だけではなく全国的な現象とのことだ。

 商売をして生き抜いてきた一般庶民とは異なり、除隊軍官とその家族は軍からの配給を受けて暮らしてきた。そのため、生き馬の目を抜くような一般社会での暮らしに適応できず、多くが生活苦に苛まれているのだ。

「党と国のために30年以上を軍に捧げてきたのに、その代価がこんなものか」(ある除隊軍官)

 両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)市の情報筋は、母方の伯父が除隊軍官で、除隊から3年経っても住宅が得られず、情報筋の家に居候して暮らしていると伝えた。伯父は毎週のように人民委員会を訪ねて、住宅相談をするが、全く先が見いだせず、毎回肩を落として帰ってくるとのことだ。

 親戚がいる除隊軍官はまだマシなほうで、それすらいない人々は、マンションの地下や倉庫で寝泊まりしている。かつてはしばらく待てば、空き家に入れたが、最近は売買されていることもあってか、空き家が出ることがほとんどない。高位幹部にワイロを掴ませてようやく住宅が得られるのが実情だが、そんなカネを稼ぎ出すほどの商才を、彼らが備えていようはずもない。

 そんな様子を見た若者は、かつては誰もが羨む存在だった軍官になろうとせず、若い女性も軍官との結婚を避けようとする空気になっているとのことだ。また、現役の軍官の間でも、先が見えないとして、軍を辞めようとする人が出ている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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