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北朝鮮、中朝国境に特殊部隊2000人増派…完全武装、地域に緊張

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
特殊部隊を視察する金正恩氏(朝鮮中央通信)

中国との国境に面した北朝鮮の貿易都市、両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)で今月1日、国境警備隊の責任保衛指導員(秘密警察)と兵士の2人が、武装したままで川を渡り、脱北する事件が起きた。

これに伴い、2日午前から恵山市内に封鎖令が発せられ、一切の外出が禁止されている。

デイリーNK内部情報筋によると、特殊部隊「暴風軍団」の兵士2000人が3日未明に専用列車に乗り、4日午後4時半に恵山に到着した。

部隊は朝鮮人民軍(北朝鮮軍)総参謀部作戦局9処の増派命令を受けて緊急招集され、フル装備を備え、弾薬箱まで担いで集結してすぐに完全武装で恵山に出発した。任務は、20日間恵山を完全封鎖して、一人たりとも国境を越えないようにするだ。国境線が長く、警備人員が必要なために追加派遣された。

(参考記事:北朝鮮の特殊部隊と国境警備隊が大乱闘、死傷者多数

「暴風軍団」とは、特殊部隊である朝鮮人民軍(北朝鮮軍)第11軍団のことで、8月に3000人、今月に入ってはさらに100人が追加で国境地帯に派遣されている。彼らは国境に近づく野生動物を次から次へと撃ち殺すばかりか、人間をも射殺し、地元では恐怖の対象だ。

ちなみに、同じ両江道の金亨稷(キムヒョンジク)郡では先月24日、暴風軍団と同様に国境警備のために派遣されていた朝鮮人民軍7軍団の兵士が、外出禁止令が出ていることを認識できずに、国境の川に水を汲みに来た障害を持った女性を撃ち殺す事件が起きている。

今回の増派にはもう一つの目的がある。現地の国境警備隊のコントロールだ。前述の通り、国境警備隊の保衛指導員と兵士が脱北する事件を受けて、国境警備をさらに強化する必要性に迫られた当局が、特殊部隊である暴風軍団を増派したというのが情報筋の説明だ。

国境警備隊は、密輸業者からワイロを受け取って密輸を黙認、幇助するばかりか、自らが密輸に加担することもあった。元々経済的に恵まれていた国境警備隊の懐事情が、経済制裁や新型コロナウイルス対策の国境封鎖で厳しくなったという背景がある。

「一般人民の密輸を防いだら、今度は軍隊(国境警備隊)が密輸に手を出してしまった。上部は、国境警備隊がより危険だと認識している」

今回増派された兵士は、暴風軍団の中でも最精鋭の山岳狙撃兵で、山中に隠れている可能性のある逃走した2人を探し出し、作戦が完了すれば、恵山市内の警備に当たる予定だとされる。封鎖令が解除された後も駐屯を続け、来月1日から始まる冬季訓練も恵山で実施するとのことだ。

訓練に合わせてさらに2000人を増派して、道内全域に展開させ、「地場産業」と化してしまっている密輸と非社会主義現象(風紀取り締まり)を根絶させる意図があるという。

今までも暴風軍団の振る舞いに恐怖と反感を抱いていた現地の一般市民の間では、動揺が広がっている。

「封鎖期間に下手にひっかかれば本当におおごとになる」

「暴風軍団だろうが、国境警備隊だろうが、軍隊に打たれて殺されるかもしれない」

朝鮮労働党の中央委員会と恵山市委員会は、封鎖期間中に外出する者は、全員逆賊とみなして勾留せよとの指示を下したとの噂が出回っている。

ただ、今後20日間の食糧を予め確保できなかった人も少なくないようで、「外に出るなというのなら、少なくとも人民班(町内会)、洞事務所(末端の行政機関)、人民委員会(市役所)で、対策を立てろ」と、市民の不満が渦巻いている。

中には「外出して撃たれて死んでも、飢えて死んでも、死ぬのは同じ」と、国に対する反感を示す人もいるとのことだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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