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「無慈悲に処刑してやる」金正恩妹の号令一下、北朝鮮が脱北者に宣言

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金与正氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

北朝鮮が、金正恩体制を非難するビラを北に向けて散布した韓国の脱北者団体と、それを許容した文在寅政権への強硬姿勢を強めている。

連日のように非難談話を発表し、首都平壌では大規模な抗議集会を開催。そうした一連の動きの幕を切って落としたのは、金正恩朝鮮労働党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長が4日に発表した、脱北者を口汚く罵り、韓国政府にビラ散布禁止の法制化を迫る談話である。

そして朝鮮労働党機関紙・労働新聞は7日付で、「朝鮮労働党中央委員会第1副部長の談話に接した各界の反響」と題し、党や政府機関の幹部、労働者代表らの立場表明を掲載した。

その中でも特に過激なのが、金明吉(キム・ミョンギル)中央検察所長の次のような宣言だ。

「歴史の審判は避けることができず、早晩、民族的罪悪を総決算する時が訪れるだろう。

最後の審判のその時、共和国の神聖なる法廷は、わが最高尊厳(金正恩氏)を攻撃した挑発者たちを無慈悲に処刑するであろう」

(参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

北朝鮮が、金正恩体制に都合の悪い人々をどのように殺してきたかを良く知る脱北者たちにとっては、冗談では済まされない状況である。

そもそも、北朝鮮はなぜ今、ビラ散布にこれほどまで敵意をむき出しにするのか。ビラ散布はきのう今日に始まったものではなく、その効果も限定的であると言われているにも関わらずだ。

もちろん、北朝鮮がビラ散布に反発するのも以前からのことではあるが、国内向けのメディアで大々的に扱うのは、ほかの目的もあるように感じられる。

まず考えられるのが、金与正氏の権威を高める狙いだ。金正恩氏の身辺に何らかの異変が生じたとき、体制を継ぐのは金与正氏であろうとの分析は、すでに少なからず出ている。しかし、男性本位の色濃い北朝鮮社会で、しかも若年の女性が最高指導者として受け入れられるのは簡単ではないと見られる。そのため、金正恩氏は今回のような機会を捉え、金与正氏の権威付けを継続的に行っていくつもりなのではないだろうか。

そして次に、脱北者の孤立化だ。4月後半に金正恩氏の健康異変説が出回った際、韓国の国会議員選挙で当選したばかりの脱北者たちが、金正恩氏の状態について大きく誤った情報を流したことで、世論から強い非難を浴びた。北朝鮮当局としては、何ら手段を講じずに、「反逆者」である脱北者の政治的パワーを弱めることができた。そこで、文在寅政権下での脱北者たちの立場の弱さを見て取り、この機に一気に孤立させようとしているのではないか。

実際に韓国では金与正氏の談話を受け、青瓦台(大統領府)や与党を中心に、ビラ散布を規制しようとの動きが見られる。国際人権団体は、規制の動きを非難しているが、文在寅政権が気にかける様子はない。

このまま本当にビラ散布が規制されたら、それは金与正氏の大きな実績となり、金正恩氏は複数の狙いを同時に達成することになるかもしれない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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