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「食べるものがなくなった」北朝鮮、行動制限で犯罪多発

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によれば、新型コロナウイルスの拡散対策として強力な封鎖措置を続ける北朝鮮で、凶悪犯罪が多発しているという。

RFAの咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によれば、北朝鮮が1月末から国境を封鎖し、中国との貿易ができなくなった影響で、日ごとに物価が上昇。さらに、感染が疑われる人々に対する極端な行動制限の影響もあり、衝撃的な事件が多発していると伝えた。

日本との違い

2月末、清津では市党(朝鮮労働党清津市委員会)の幹部の息子を連れ去り、身代金を要求する誘拐事件が発生した。逮捕された容疑者は、製鉄所で働いていた40代の労働者の兄弟で、「家に食べるものがなくて誘拐を企てた」と述べたという。このように幹部やトンジュ(金主、新興富裕層)やその家族をターゲットにした犯罪が多発している。

情報筋は「金持ちと貧乏人の対立と憎悪が徐々に激しくなり、自殺や拉致、強盗などの凶悪犯罪が以前になかったほど増えて、住民は不安に震えている」と殺伐とした北朝鮮国内の状況を伝えた。

新型コロナウイルスが一因となった凶悪犯罪は、農村でも起きている。

平安南道(ピョンアンナムド)の价川(ケチョン)の農場では、借金の返済に行き詰まった女性に暴言を吐き、暴行した債務者の倉庫長を、女性の息子が殺害する事件が起きたと、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えている。

また、軍でも兵士の脱走や凶悪犯罪が相次いでいると伝えられている。一部の部隊で脱走が発生しているほか、銃器の管理がおざなりになり、また兵士が民間人を射殺するといった事件が起きているとRFAの情報筋が伝えている。

北朝鮮の食糧事情は、一時と比べ大きく改善されているとは言え、日本のようにコンビニやスーパーマーケットがあちこちにあり、いつでも簡単に買えるというわけではない。規則に縛られ、自分で商売をすることのできない兵士らは、社会に変動があればたちまち飢餓状態に放り込まれ、生き延びるため極端な行動に出ることになる。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

また、ウイルス感染が疑われる人々を隔離するだけで、食料などの手当てをしない当局の姿勢も大問題だ。

韓国紙・朝鮮日報によれば、清津市で3月初め、新型コロナウイルスに感染した一家5人が全員死亡する事件が起きたという。死亡した5人は製鉄所を退職した老夫婦と、その娘夫妻と子どもだ。この家族に新型コロナウイルス感染症が疑われる症状が出たため、当局は家の中に隔離して扉を釘付けして封鎖し、治療もしないまま放置したという。死因が病死なのか餓死なのかはわからないが、食べ物が足りなくなれば体力は低下し、死亡のリスクは高まる。

このような状況に置かれた場合、座して死を待つ人々ばかりだとは限らない。北朝鮮は、ウイルス感染症がまん延すれば体制を脅かすと見ているようだが、国民の生命を顧みない極端な措置もまた、大衆の怒りを誘い、体制不安につながる危険性を秘めているように思える。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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