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粛清した側近「時間差で処刑」が金正恩の最新トレンド

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

北朝鮮メディアは先月29日、朝鮮労働党政治局拡大会議が開催され、党副委員長の李萬建(リ・マンゴン)氏と朴太徳(パク・テドク)氏が解任されたことを伝えた。

朝鮮中央通信は同会議で、「党中央委員会の幹部と党幹部養成機関の活動家の中で発露した非党的行為と権勢、特権、官僚主義、不正腐敗行為が集中的に批判され、その厳重さと悪結果が辛辣(しんらつ)に分析された」としており、2人はその責めを負ったものと思われる。

女性芸能人「処刑見学」

さらに、同党機関紙の労働新聞は今月2日付の論説と5日付の社説で、両氏解任の正当性を改めて主張した。

北朝鮮高官の粛清では、対外的な発表なしで闇から闇へ葬られたケースの方が多い。今回のように公開されるのは珍しく、機関紙が繰り返し言及するのも異例だ。近年では、党行政部長だった金正恩氏の叔父・張成沢(チャン・ソンテク)氏が2013年12月に失脚し処刑された件が最後だ。

逮捕され国家転覆陰謀罪に問われた張成沢氏は、有罪判決が下るや即時、死刑を執行された。では、今回の2人はどうなるのか。彼らの場合、何らかの容疑で逮捕されたとの発表はない。降格や「革命化」と呼ばれる再教育に送られることはあっても、すぐに処刑されることはないかもしれない。

しかし、それで彼らの身が安泰と言えるわけではない。以前、気に入らない者たちを即興的に処刑し、その様子を女性芸能人らに見学させるような残忍な行為を重ねた金正恩氏だが、どうやら国際社会からの非難が気になったのか、最近はそのようなやり方を控えている。

(参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

しかしだからといって、彼が心を入れ替えたわけではない。最近では、失脚した高官をどんどん降格させ、国際社会の視野から消えた後に「時間差」で処刑する手法を取っているようなのだ。

韓国紙・東亜日報の敏腕記者で、脱北者でもあるチュ・ソンハ氏が自身のブログで伝えたところでは、北朝鮮の金元弘(キム・ウォノン)前国家保衛相が昨年5~6月頃に処刑されたという。同氏が解任されたのは2017年1月であり、それから2年以上が経っている。

チュ・ソンハ氏はまた、かつて北朝鮮の「ナンバー2」と見られていた黄炳瑞(ファン・ビョンソ)元軍総政治局長も、金元弘氏と同時期に処刑された可能性が高いとしている。同氏は2017年10月を最後にいったん北朝鮮メディアに登場しなくなり、その後、一時的に復活の兆しを見せるも、2018年12月以降にまたもや姿を消した。

金元弘氏と黄炳瑞氏の処刑は確認されたものではないが、事実であるなら何を意味するのか。それは、金正恩氏が祖父や父も成し遂げられなかった核兵器の戦力化を実現し、米国大統領との間で「親密」な関係を築いた今もなお、権力維持のため恐怖政治に頼っているということだ。

恐怖だけで支えられた体制はもろい。権力が弱みを見せたとたん、国民は離反する。もしかしたら新型コロナウイルスが、その引き金を引くこともあり得なくはないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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