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北朝鮮の「奥様」を魅了した料理ユーチューバー

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩夫妻とモランボン楽団(朝鮮中央テレビ)

韓国で人気を集める料理研究家、ペク・チョンウォン氏。韓国国内はもちろん、日本を含む海外でも店舗網を広げるレストランを経営し、その傍らテレビ番組に出演するなど、八面六臂の活躍だ。昨年6月にはユーチューバーとしてもデビュー、アカウント開設から2日で登録者数が100万人を突破した。(現在は334万人)

そこで紹介された牛肉入りのトックク(お雑煮)が平壌の富裕層の間で人気を集めていると、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

韓国の映像を視聴することは、北朝鮮ではご法度だ。2015年5月、韓流映画のファイルが保存されたUSBメモリを女子していた女子大生を逮捕した保衛部(秘密警察)は、彼女に激しい拷問を加えた末に、悲劇的な末路に追い込んだ。時と場合によっては処刑されることすらありうる。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

それでも、韓流の浸透は止まらない。

ペク・チョンウォン氏が平壌の富裕層の間で人気になったのは昨年からだ。ビジネスや留学などで中国に行った息子、娘がYoutubeや中国の動画サイトなどで彼の動画を見て、平壌にいる母親に伝える形で北朝鮮に流入した。

今回の場合は、韓流ドラマや映画のように、動画ファイルをUSBメモリやSDカードに保存して持ち込むのではなく、動画を見て書き留めたレシピを持ち込む形で行われている。このような形でも、当局の嫌がる「外部からの情報流入」に当たるが、本人たちは全く意に介さない。

「南朝鮮(韓国)も同じ民族なのに、食文化にいいも悪いもあるものか。発展した先進技術を受け入れ、朝鮮のものとして作り上げようというのが労働党の思想であり政策なのだから、問題にはならない」(情報筋)

富裕層の女性たちは「旧正月に食卓に出せば夫に喜ばれ褒めてもらえる」とウキウキしているとのことだ。

人気の秘訣は「作り方が複雑ではなく、誰でも真似できる」というところにある。実際にレシピ通りに作ってみた女性たちは「魅了された」と評価し、それが口コミで広がっているという。

「食事中に妻が夫にペク・チョンウォンの名前を出して料理の説明をすることが増えた。親しい人同士で彼のレシピ通りに作った料理でもてなすそうだ」(情報筋)

韓流ドラマ、映画のみならず、韓国製品の持ち込みは厳しく取り締まられる。しかし、当局がいかに取り締まりに血眼になっても、韓流は手を変え品を変え北朝鮮に入っていく。今回の「ペク・チョンウォンレシピ」もその一つと言えよう。

それだけではない。富裕層の間では自宅を韓流ドラマに出てきそうな感じに改装することが流行したが、この手の「足がつかない」韓流は、何か言われたとしてもいくらでも言い逃れることができる。かくして、韓国文化が北朝鮮にジワリジワリと浸透していくのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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