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食糧難なのに耕作地をつぶす北朝鮮当局に国民反発

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

国連世界食糧計画(WFP)と国連食糧農業機関(FAO)は今月に入り、北朝鮮の食糧事情がここ10年で最悪となり、140万トンの食糧が不足、全人口の4割に相当する1千万人超が食糧不足に陥っているとの報告書を発表した。これに先立ち、北朝鮮外務省は2月、国連に対して食糧援助を要請した。

ところがどういうわけか、北朝鮮当局は今、貴重な耕作地を潰すという愚行に走っている。

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、現地の山林経営所は、市民が山を切り拓いて作った個人耕作地を次から次へと没収し、木を植えさせている。

最初の没収に対象となったのは、山間部を走る道路のわきの土地だ。多くの人が悲鳴を上げている。

「うちの家族も苦労して切り拓いた耕作地を取られ、農業ができなくなった」(情報筋)

金正恩党委員長は以前から「山林復旧戦闘」を強調してきた。今年の新年の辞でも次のように言及している。

「山林復旧戦闘第2段階の課題を積極的に推し進め、園林緑化と都市運営、道路管理事業を改善し、環境汚染を徹底的に防止しなければなりません」

彼の祖父である金日成主席は1974年、農業生産を増やす目的で「全国土段々畑化計画」を打ち出したが、「単純に耕作地を増やせば、生産量が増える」という生兵法だったため、著しい弊害を生んだ。

行き過ぎた段々畑の造成は、山林の破壊、自然災害(とくに水害)の多発、農業生産の減少、そしてついには1990年代の大飢饉「苦難の行軍」を招いた。国の配給システムが崩壊し、食べ物に窮した人々は、生き残るためにさらに山を切り開き、畑を作った。

(参考記事:「街は生気を失い、人々はゾンビのように徘徊した」…北朝鮮「大量餓死」の記憶

金正恩氏は、その祖父の政策を覆し、山に緑を戻すことで、自然災害を防ごうとしている。方向性としてはまっとうな政策だが、山林の復旧には何十年もの時間がかかる。

経済難、食糧難を克服するために山の奥深くまで入って苦労して切り拓いた土地を、何十年後の未来のために奪われては、庶民はたまったものではない。当然、強い反発が出ており、「植える木は自分たちで購入せよ」という当局の方針は、火に油を注いでいる。

(参考記事:「制裁ですべてが足りない」北朝鮮国内から悲鳴…食糧危機の懸念

「土地を奪うだけに飽き足らず、植える木まで自分たちで準備せよといい出した。山林の復旧を戦争のように行えというのに、銃弾となる苗木をくれないのは、何もかも国民におんぶにだっこということか」(情報筋)

お隣の慈江道(チャガンド)の情報筋も、山で切り出した薪を燃料としている現地の事情を考えていないとし、「家屋のオンドルの焚き口を閉鎖させて、石炭やガスを不便なく使えるよう国が措置を講じてこそ山林復旧戦闘が成り立つ」と不満を口にした。

「薪がなく凍え死ぬ人がいるほどなのに、山林復旧戦闘など成り立つわけがない」(情報筋)

(参考記事:北朝鮮、燃料にも「格差社会」の波…石炭より薪が人気

山林復旧戦闘を巡っては、当局から言われた通りに苗木を植えた後、全く世話をせずに枯らしてしまったり、畑に戻すために苗木を引っこ抜いたり、植える本数を減らしたりするなど、今までも当局と庶民の間でのイタチごっこが繰り返されてきた。しかし、今年は厳しい食糧不足で、当局があまり強い態度に出ると、住民からいっそう激しい反発を買いかねない。

(関連記事:「暴動が起きても不思議じゃない」北朝鮮国民、金正恩氏の指示に抵抗

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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