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韓流タレント「性犯罪スキャンダル」に北朝鮮国民も衝撃

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

韓国の公共放送KBSが、毎週日曜の夜に放送してきた人気バラエティ番組「1泊2日」。芸能人が韓国の各所を1泊2日で旅し、地元の人々と触れあう内容だ。

だが、今年の3月7日を最後に放送されなくなってしまった。出演者の一人、歌手のチョン・ジュニョンが女性との性行為を隠し撮りし、ネット上に流すなどして逮捕されたためだ。

この出来事が、北朝鮮国民にも衝撃を与えた。北朝鮮では韓流コンテンツの視聴は厳禁であり、発覚すれば拷問を受けた上に重罪に問われるが、それにもかかわらず人々は隠れて楽しむことを止めようとしない。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、デイリーNK記者との電話で「なぜ突然、『1泊2日』が放送されなくなったのかと気になっている人が多い」と述べた。

この「1泊2日」、北朝鮮で最も人気のある韓国のバラエティ番組の一つだ。放送は2007年から始まったが、2010年代初頭からDVDにコピーされて北朝鮮国内で出回るようになった。その後は取り締まりを避けて、USBメモリーやSDカードにコピーされて売られるようになった。

(参考記事:北朝鮮の少年少女が恐れる「少年院送り」…それでも止められない遊びとは

録画されたものを見るに飽き足らず、リアルタイムで韓国のテレビを見る人々も存在する。しかし、ここまでできる人は限られていいるので、「1泊2日」が放送されない理由がわからず、疑問を抱く人が多いということだろう。

なぜ、北朝鮮の視聴者の間で「1泊2日」がそれほど人気があるのだろうか。

「韓国への好奇心があり、名所が紹介されるから興味を持つ」(情報筋)

ここまでなら、どこの国のどの旅番組でもありそうな反応だが、北朝鮮ならではの感想も聞かれる。

「ここ(北朝鮮)では移動が制限されていてあちこち行けない。そんな暮らしに慣れた人々は、旅番組を見て『代理満足』しているのだ」(情報筋)

北朝鮮では、市や郡の境界を越えるには役所の発行する旅行証(国内用のパスポート)が必要だった。日本に置き換えると、東京都内から多摩川を越えて神奈川県川崎市に行くには許可が必要のようなものだ。

去年から大幅に緩和されたと伝えられているが、それでも完全に国内移動の自由が保証されているわけではない。また、おりからの制裁不況で遠出もままならない。そこで韓国のテレビを見て想像だけの逃避行に走るというわけだ。

また、韓流ドラマ、映画を見慣れた北朝鮮の人々は目が肥えたのか、こんな声も聞かれた。

「ドラマは、完全に発展した韓国の姿だけを描いている。それより、地域のありのままの様子が見られて面白い」(情報筋)

韓流ドラマに登場する現実感の薄い富裕層の暮らしではなく、今ある韓国そのものが見たいといの欲求だ。人里離れた山奥で暮らす人々をタレントが訪ねて、その暮らしの一端を覗くリアリティ番組「俺は自然人だ」が人気なのも、同様の理由だろう。

前述したとおり、北朝鮮当局は韓国のテレビの視聴を厳しく取り締まっている。体制を揺るがす危険要素と考えているからだ。「番組を見て(韓国に)行ってみたいと思う人も多い」(情報筋)ということは、脱北のススメのようなものだ。

(参考記事:欧州から北朝鮮に強制送還された「ある女子高生」が辿る運命

デイリーNK取材班から、「1泊2日」が放送されない理由について聞いた情報筋はこんなリアクションを示した。

「あそこ(韓国)でも性に関する問題が生じれば処罰を受けるのか。自由なところだからそんなことは問題にならないと思っていた」(情報筋)

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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