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悪評だらけの北朝鮮テレビで「若手女子アナ」らの涙ぐましい演出

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の女性アナウンサー(資料写真)

2015年に北朝鮮を訪問した日本人観光客は、北朝鮮のホテルでこのような光景を目撃した。

ホテルの女性従業員は仕事そっちのけで、工場の女性支配人と男性技術者の禁断の恋を描いたドラマを流すテレビにかじりついていた。どうやらホテル内の有線テレビでの放映だったようで、ドラマが終わるやチャンネルは朝鮮中央テレビに変えられた。「元帥様(金正恩党委員長)がどこそこに現地指導に行った」という番組が放送されていたが、チャンネルが変わった瞬間に従業員たちは蜘蛛の子を散らすように持ち場に戻っていった。誰も見ていないテレビは消されてしまった。

娯楽が非常に少ない北朝鮮に住む人ですら見ようとしない朝鮮中央テレビ。つまらない、くだらない、退屈、古臭いなど、悪評ばかりだったが、最近は変化の兆しも見える。

複数の韓国メディアが取り上げたのは、朝鮮中央テレビが先月30日に放送した「兵士の故郷の便り」だ。兵役を務める兵士に故郷での出来事や、家族や隣人のメッセージを伝えるというこの番組だが、従来の北朝鮮のテレビでは見られなかった演出で注目を集めた。

その演出とは、若手の女性アナウンサーがニュースを読み上げている途中に、男性記者がニュース原稿らしき書類を手にしてスタジオに飛び込んできて「先ほど、千里馬の故郷として知られる降仙(カンソン)から、後方(銃後)家族のニュースがまた入ってきました!」とニュース速報の体で伝えるというものだ。

(参考記事:【写真】北朝鮮「若手女子アナ」人選にこだわり抜く金正恩氏

生放送風の非常に「クサい」演出で、両キャスターも慣れていないようでぎこちない様子だったが、副調整室の映像からスタジオの映像に切り替わるなど、北朝鮮にしては「斬新な」演出もあり、画質や音質も非常にクリアだった。

また、昨年7月22日から全8話で放送された「壬申年のシンマニ(山に自生する朝鮮人参を掘る人)たち」という時代劇も韓国で話題となった。セリフ回しが韓国で製作された時代劇と非常に似通っていて、少し前に韓国で製作されたものと言われても遜色のないものだったからだ。

さらに、先日行われた軍事パレードではドローン(無人飛行機)から撮影した映像を使ったり、科学技術を紹介する番組ではVRを使ったりするなど、最近の朝鮮中央テレビには大きな変化が見て取れる。

朝鮮中央テレビは2015年1月10日から地上デジタル放送を開始するなど、全く変化がなかったわけではないが、韓流や海外からの様々なコンテンツに接している北朝鮮の視聴者のお目にかなうレベルに達するには到底及んでいない。それがついに変わり始めたということなのだろうか。

北朝鮮では、隠れて韓流コンテンツを視聴したのがバレると、拷問を受けたり刑務所に送られたりする。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

このような取り締まりを繰り返しても浸透が抑えられない韓流に対抗するために、元々平壌の周辺でしか見られなかった万寿台(マンスデ)テレビを他の地域でも見られるようにして、外国映画などを放送するなど努力はしている。また、外国映画のDVDも発売している。

北朝鮮国営メディアの変化の裏には、金正恩党委員長の妹、金与正(キム・ヨジョン)氏がいるものと思われる。

彼女が2014年11月に朝鮮労働党中央委員会の宣伝扇動部の副部長に就任した後、金己男(キム・ギナム)氏、李載イル(リ・ジェイル)氏、崔輝(チェ・フィ)氏などの長老に革命化(再教育)処分が下されたとも言われる。宣伝扇動部の部長と第1副部長が革命化されたことは未だかつてなかった。言葉で説明しても聞かないので強硬手段に出たのだろう。

しかし、いくらスタイルが新しくなり、技術が発展しても、北朝鮮メディアの目的が独裁世襲体制を強固にするプロパガンダにあることには何ら変わりはない。目覚ましい発展を遂げる中国のメディアも、中国共産党の宣伝を行う「党の舌」であることには何ら変わりはない。つまり、どのような変化も「小手先」に過ぎないということだ。

(参考記事:北朝鮮の少年少女が恐れる「少年院送り」…それでも止められない遊びとは

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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