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北朝鮮独裁者と「美人歌手」たちの秘められた愛

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
15日の南北実務者協議に出席した玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏(韓国統一省より)

北朝鮮女性アイドルの波乱の運命(1)

韓国で来月9日から開かれる平昌冬期五輪へ、北朝鮮が140人規模の芸術団を派遣することが決まった。派遣されるのは万寿台(マンスデ)芸術団に属する三池淵(サムジヨン)管弦楽団。筆者は、金正恩党委員長の肝いりで創設されたモランボン楽団が派遣されると予想していた。しかし、モランボン楽団は軍服をモチーフにしたコスチュームで金正恩氏や北朝鮮を称えるプロパガンダソングを中心に上演してきただけに、さすがに無理があったようだ。

とはいえ、芸術団派遣に関する実務者会談には朝鮮労働党の中央委員候補であり、モランボン楽団の団長である玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏が参加していた。年始から対話攻勢で韓国を押しまくる北朝鮮の気合いの入れようが見えてくる。

(参考記事:金正恩氏「元恋人を処刑」情報の舞台裏…父にも同様の過去が

北朝鮮には、いくつかの特別な芸術団が存在する。いずれも最高指導者を称えるプロパガンダ、そして同国の国家思想を宣伝する重要な役目を担っている。金一族の見に触れる機会も多く、その美貌によりロイヤルファミリー入りする女性メンバーもいる。それが、万寿台芸術団の踊り子出身で金正日総書記の妻、そして金正恩氏の生母である高ヨンヒ氏であり、金正恩氏の現夫人である李雪主(リ・ソルチュ)氏だ。

李雪主氏は、かつて存在した銀河水(ウナス)管弦楽団の歌姫だった。銀河水管弦楽団は、金正日総書記の指示によって2009年5月に結成された。2010年にはロシアの楽団、そして今回訪韓する三池淵管弦楽団との合同公演を行うなど精力的に活動していた。金正日氏が創設した楽団といえばポチョンボ電子楽団が最も有名だが、この時期は銀河水管弦楽団の動きの方が目立っていた。

2010年9月に行われた公演で、李雪主氏は「燃え上がれたき火よ」という歌を披露した。その直後の10月、金正恩氏は金正日氏の後継者として公式登場する。金正恩氏の公式登場と李雪主氏の歌姫としての活動が微妙に重なっているのは、偶然ではあるまい。

(参考記事:【写真特集】李雪主――金正恩氏の美貌の妻

注目すべきは、翌2011年2月に行われた新春音楽会で、李雪主氏が「まだ言えないの」「かっこいい人」という2曲を披露したことだ。この時点で2人の関係は明らかになっていなかったが、「まだ言えないの」は金正恩氏と李雪主氏との関係、そして、「かっこいい人」は後継者・金正恩氏に贈られた歌であると筆者は見る。つまり、後継者・金正恩氏と未来の夫人・李雪主氏の存在を巧妙にアピールしていたように思えるのだ。

2人が親密な関係を築いたからか、同年7月には李雪主氏が所属する銀河水管弦楽団の団長と指揮者、一部演奏家が「金日成賞」「人民芸術家」「功勲俳優」の称号を受勲する。過去にも金正日氏は、若手の踊り子に過ぎなかった高ヨンヒ氏に人民俳優の勲章を与えたことがある。

(参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈

銀河水管弦楽団は、金正恩氏の夫人となる李雪主氏が所属していたことから、特別な配慮により受勲にいたったと筆者は見る。

この時期、銀河水管弦楽団は我が世の春を謳歌していたと言えるが、それも長くは続かなかった。楽団をある悲劇が襲い、文字通り「血の雨」を浴びながらその歴史に終止符を打たれることになるのだ。(つづく)

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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