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カネで命を買わねば生き残れない…北朝鮮「兵士脱北」の裏に極限状況

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

13日に銃撃を受けながら板門店で脱北し、韓国に亡命した兵士の栄養状態の悪さが注目されている。

北朝鮮の食糧事情はかなり好転していると伝えられているが、その例外と言えるのが朝鮮人民軍(北朝鮮軍)だ。配給システムが崩壊し、横流しが横行しているため、末端の兵士は常に飢えに苦しんでいる。

性的虐待も

そのため中朝国境地帯の中国側では、北朝鮮の兵士による窃盗、強盗が相次いでいる。兵士たちはろくに食糧の供給を受けられず、空腹に耐えかねて国境を越えるのだ。中国当局は警備を強化しているが、犯罪の発生を防ぎきれずにいる。

(参考記事:自分の手術部位を「かきむしって自殺」した北朝鮮軍将校

燃料についても、食糧と同じような状況だ。兵士たちは、氷点下20度を下回る極寒の地で、寒さに震えていると、少し前に米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。

両江道(リャンガンド)の情報筋は、北朝鮮のある部隊を訪れたときのことを語った。

「朝鮮人民軍の10軍団82連隊の兵舎に入ってみた。信じられないほど寒かった。暖房もお湯も夜だけだ」

中央からは薪や石炭などの燃料は一切配給されず、すべて自力で調達することが求められる。暖房用の薪の調達は食事当番の役目だ。兵士たちは毎朝3人1組でそりをひいて、16キロも離れた山で薪の切り出しを行う。緑化政策で木の伐採は禁じられているが、背に腹はかえられない。

状況は、比較的待遇が恵まれている国境警備隊でも変わらない。暖房が入らないので、冬服を着込んで毛布にくるまらなければ寒くて寝ることすらできない。あまりの寒さに耐えかねて、薪を求めて国境を越え中国の山に入る兵士が続出している。

このような状況に対して、中央は何もしようとしない。人民軍総政治局は「中国の山林を毀損した者は厳罰に処す」との警告文書を発しただけで、暖房用の燃料を送ろうとする気配はない。

こうした中、軍に送った息子のことを心配する親心を利用して、薪を調達する方法が編み出された。

新米兵士は、面会にやって来た親からカネをもらう。そのカネで市場で薪を買って部隊に渡す。ちなみに相場は120元(約1970円)。そうすれば1週間の休暇が与えられるという仕組みだ。

兵士にとって、休暇は単なる休みではなく、生きながらえるための貴重な期間だ。衛生環境も食糧事情も悪い軍隊生活を続けていると、体調を悪化させ、最悪の場合は命すら落としかねない。だから実家に帰り、栄養を付けなければならないのだ。言い方を変えれば命をカネで買っているようなものなのだ。

この他にも、軍内では上官による暴力や性的虐待が横行している。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

さらには若者の兵役忌避による人員不足などにより、朝鮮人民軍は正規軍として機能するか疑われるほど組織が弱体化している。金正恩党委員長が核兵器開発にのめり込む背景には、もはや軍の立て直しは不可能であるとの判断があるのかもしれない。

(参考記事:独占入手!中国軍に制圧・連行される「北朝鮮脱走兵」の現場写真

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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