庶民相手の「恐喝屋」に転落した金正恩氏のエリート部隊
北朝鮮で、暴動鎮圧などを任務とする「機動打撃隊」。2010年8月、貨幣改革(デノミ)による混乱に加え、中東での民主化運動が飛び火することを恐れた当時の金正日政権が設立したもので、金正恩体制におけるエリート部隊のひとつである。
ところが、未来を約束されたエリートであるはずの機動打撃隊の隊員が、庶民からカネやモノをせびり取っているという。
労働者を虐殺
両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、朝鮮労働党創建日(10月10日)の数日前、機動打撃隊の隊員が恵山(ヘサン)の市場にやってきた。そして、「お祝いの準備に来た」と言いながら、各店を回った。つまり、ワイロの要求だ。
北朝鮮では、何をするにもワイロが必要になる。払いたくなくとも、権力を持つ者から強要されることも珍しくない。
(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為)
とくに市場で商売をするには、普段から市場管理員、保安員、保衛員にワイロが欠かせないが、特別な日には普段以上のカネやモノを渡さなければならない。その様子を見た機動打撃隊の隊員は、自分たちもやろうと思ったのだろう。ところが、商人に「これで何回目だ」と強く反発されたため、隊員は恐れをなして慌てて逃げていったという。
計画経済という建前を頑なに守っている北朝鮮では、法律に違反せずして商売をすることは困難だ。商人は、取り締まりを受けてもある程度はしょうがないと思っている。
一方で、機動打撃隊は市場の商売とは何の関係もなければ、取り締まりの権限もない。そこで、隊員は商人を脅迫してカネやモノをせびり取ろうとするのだが、商人に強く反発されると法的根拠も名分もないためそれ以上のことはできない。商人もそれをわかっているのだろう。そして、ここぞとばかりに市場管理員、保安員、保衛員に対する不満を、機動打撃隊にぶちまけたということだ。
機動打撃隊は、人民保安省(警察庁)の下部組織で、「暴動の要素を洗い出す作業を行え」という金正日総書記の指示に基づき結成された。体制に反感を持つ市民を心理的に押さえつけることがその目的だ。
北朝鮮では80年代後半から90年代にかけて、各地でデモ、暴動が頻発していた。
1987年5月1日には、平壌でメーデーの行事に招集された人びとが、動員に不満を持ち強く抗議、デモを行ったところに保安員が無差別に銃撃し、10人が死亡、30人が負傷したと、韓国の内外通信(現聯合ニュース)が報じている。
さらに1998年には、当局の横暴に抗議した黄海製鉄所の労働者を軍隊が虐殺する事件が起きている。
(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」)
そして2009年11月に貨幣改革が行われたわけだが、旧紙幣から新紙幣への交換に限度額を設けたことなどで経済が大混乱に陥った。共同通信によると、2001年7月に行われた紙幣の切り替えでも限度額を設けたため、地方都市で暴動が頻発した。
ちなみにこの機動打撃隊、除隊後に各道の人民保安局政治大学に入る特権が与えられている。警察幹部を目指すことのできるエリートコースなのだ。そのため、少なくとも300万北朝鮮ウォン(約3万6000円)のワイロを支払わなければ入隊できない。
そんな部隊までが、住民相手にワイロをせびるカツアゲ集団と化していることは、今の北朝鮮の困窮ぶりを如実に表している。
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