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トランプ氏と金正恩氏はこうして「望まない戦争」に突き進む

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相は25日、ニューヨークで記者団に対し、「米国がわが国に宣戦布告をした以上、わが国には対抗手段をとる権利がある。それには、わが国の領空外を飛行する米国の戦略爆撃機を撃墜する権利も含まれる」と語った。

李氏の言う「宣戦布告」とは、トランプ米大統領が23日に北朝鮮について「彼らの先は長くない」などとツイッターに投稿したことを指す。

そして、トランプ氏のそのツイートは、李氏が国連総会での演説で「北朝鮮のロケットが米国本土に到達することを不可避にした」などと発言したことに対するものであり、その李氏の言葉は、トランプ氏の国連演説に対する反撃だった。

まさに、絵に描いたような舌戦のエスカレーションである。筆者はトランプ氏が大統領選挙で勝利した直後、金正恩党委員長との間で「史上最低の罵倒合戦」を繰り広げると予想していたのだが、ここまで極端な展開になるとはさすがに想像しなかった。

(参考記事:金正恩vsトランプ「史上最低」の罵倒合戦が幕を開ける

問題は、これが実際の軍事衝突にまで発展するかどうかだ。米ホワイトハウスは25日、李氏の「宣戦布告」発言に対して「馬鹿げている」とコメント。正面から取り合わない大人の対応を見せた。

では、北朝鮮の側はどうか。李氏の国連演説の数時間前、米空軍はB-1B戦略爆撃機を護衛の戦闘機とともに北朝鮮の東方沖合の国際空域に展開させた。国防総省によると、米軍の戦闘機・爆撃機としては今世紀に入り最も北の位置まで飛行したという。

李氏が言った撃墜云々は、こうした行動に対するけん制である。ロイターが米ランド研究所の専門家の見方として伝えたところでは、北朝鮮の能力では米軍の爆撃機をミサイルあるいは戦闘機で撃墜するのは難しく、撃墜を試して失敗した場合、自らの弱さが露呈することになるため、「そのようなリスクを取る可能性は低い」と見られるという。

もちろん、そのような現実的判断は北朝鮮側も持ち合わせているだろう。2015年8月、北朝鮮と韓国が対峙する軍事境界線の非武装地帯で北側が仕掛けた地雷が爆発したことをきっかけに、深刻な南北対立が勃発した。すると、当時の朴槿恵政権は、韓国軍兵士の身体が吹き飛ばされた瞬間の映像を公開した。これにより、韓国世論は朴大統領の強硬姿勢を後押しし、北朝鮮を事実上の謝罪に追い込んだ。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

北朝鮮からすれば、その時点で韓国軍とぶつかれば勝ち目のないことを悟り、自ら膝を屈したわけだ。その後、金正恩氏は雪辱を果たすべく、核・ミサイル開発に拍車をかけることになる。

そして現在、北朝鮮は2015年と比べて格段に態度がデカくなっている。実は、北朝鮮は核兵器開発と並行して新型の対空ミサイル開発も進めている。米軍の爆撃機が接近したら、外れるのを承知で試しに撃ってみる可能性はないだろうか。

その可能性については、筆者にも判断がつかない。米軍はどうか。米軍はリスクがどのくらいなら、どこまで爆撃機を北朝鮮に接近させられるのか。

確実に言えるのは、米軍が爆撃機による示威行為を止めれば、北朝鮮がトランプ氏を臆病者呼ばわりするであろうということだ。

それにカッとなったトランプ氏が爆撃機を飛ばし、北朝鮮が撃ったミサイルが命中してしまったら……。考えるだけでぞっとするが、それもこれも、北朝鮮に核武装を許してしまったためだ。

では、このような危機をどのように取り除くべきか。筆者は北朝鮮の民主化しかないと考えるが、米国や日本の政府はどのように考えているのだろうか。

(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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