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あまりに愚かな韓国の「核武装論」…金正恩氏の思うつぼ

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の核の脅威に直面している韓国で、核武装論が頭をもたげている。

韓国の世論調査会社・リアルメーターが13日、全国の成人男女506人を対象に実施した調査によると、「核兵器の独自開発、または(在韓米軍の)戦術核兵器導入」について、賛成するとの回答が過半数(53.5%)を占めた。また、明確な反対は35.1%にとどまり、容認する空気が強いことをうかがわせる。

恐怖政治で抑圧

一方、保守系最大野党の自由韓国党は10日から、在韓米軍への戦術核の再配備と韓国独自の核開発実現に向けた1000万人署名運動を行っている。

同党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)代表は9日の集会で、「戦術核兵器を再配備してくれるよう米国を説得する。それでも再配備をしないというなら、韓国を核の傘で守ると言う米国の公約は有名無実化する。そうなったら生き残るために、核開発を行わなければならない」と述べた。

これに対し、文在寅大統領は戦術核の再配備と独自核開発のいずれにも反対しており、当面、これらが韓国で政策化されることはなさそうだ。しかし、北朝鮮の核の脅威がいっそう増してくれば、どのような世論が醸成されるか予断を許さない状況と言える。

仮に韓国世論の100%が賛成したとしても、戦術核の再配備と独自核開発を実現するのは不可能に近いほどに難しい。とくに独自核開発は、韓国経済の破滅を招きかねず、それを悟った時点でその試みは挫折するだろう。

だから筆者は、現時点では韓国の核武装を心配してはいない。そのことよりも、北朝鮮に対抗して核武装しようという世論そのものに、強い違和感を覚える。

北朝鮮の核兵器は、金正恩党委員長の持ち物である。金正恩氏は民主的な選挙で選ばれた指導者ではなく、父親から権力を世襲し、恐怖政治で北朝鮮国民を抑圧する独裁者である。

(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」

ということは、北朝鮮が核兵器で韓国や米国や日本を威嚇しているのは金正恩氏の意思によるものであり、北朝鮮国民の意思によるものではない。実際に北朝鮮国内には、国民生活を顧みない核開発に対する反感が存在する。

(参考記事:「米軍が金正恩を爆撃してくれれば」北朝鮮庶民の毒舌が止まらない

そして、仮に有事となったとき、韓国国民や米国国民や日本国民を核兵器で殺そうとするのは金正恩氏なのであって、北朝鮮国民ではないのだ。

では、仮に韓国が独自に核武装を実現した場合はどうだろうか。それが実現するまでには、国民投票が行われたり、選挙が行われたりして、繰り返し民意が問われるはずだ。ということは、韓国が持つことになる核兵器は、韓国国民の持ち物であり、有事の際に核兵器で北朝鮮国民を殺そうとするのも、韓国国民であるということになる。

これでは、北朝鮮国民と韓国国民の関係が、本物の「敵対関係」に陥ってしまう。

現状においては、独裁者に抑圧された北朝鮮国民の利害は、韓国や諸外国の国民の利害と対立していない。北朝鮮の独裁者を打倒することは、北朝鮮国民と諸外国の国民との共通の利益になるとも言える。

そのような本質に目を向けず安易な核武装論を唱え、北朝鮮の独裁者だけでなく抑圧された国民にまで狙いを定めようとする韓国の世論に、筆者は失望を禁じ得ない。

そもそも、核武装を実現できるほどの政治的な努力と予算を投じれば、北朝鮮を民主化に向けて大きく動かすことだって可能なはずだ。そのような声が大きくならず、安易な核武装論が頭をもたげる背景には、「どうして我々の血税で、北の連中を幸せにしてやらねばならないのか」という、いたって当然な庶民感情があるのかもしれない。

しかし、そのような民主主義の弱点を金正恩氏に見透かされているとすれば、北朝鮮国民と諸外国の国民の利害はバラバラに分断され、金正恩氏の思うつぼにハマりかねない。

これは韓国だけでなく、日本や米国にも言えることだ。

北朝鮮国民は、決して我々の敵ではない。このことを肝に銘じておかなければ、韓国も日本も米国も、対北朝鮮戦略において致命的な間違いを犯す危険性がある。

(参考記事:「戦争になったら生き残れない」震える庶民…北朝鮮で非常待機命令

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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