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金正恩氏の「冷血ぶり」を示すある一家の悲劇

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

韓国を目指して移動中だった元党幹部の脱北者一家が雲南省で中国公安当局に逮捕された後、北朝鮮に強制送還される途中で服毒し、全員が死亡した事件と関連して、北朝鮮当局が強力な検閲(監査)を行っている。

本来、脱北や密輸などの捜査は国家保衛省(秘密警察)や人民保安省(警察)の管轄だが、今回は金正恩党委員長が直々に下した指示に基づき、国の最高政策指導機関である国務委員会が取り仕切ると言うから、ただ事ではない。

(参考記事:金正恩氏に追い詰められ死を選んだ、ある一家の悲劇

しかし、誤解してはならない。金正恩氏は命を絶った両親と娘3人の親子に同情し、検閲を命じたわけではない。単に、幹部一家の脱北事件を重く見ただけだ。

金正恩氏はスッポン養殖工場の視察時に管理が気にいらないからと激怒、支配人を処刑し、その際の動画を公開したことがある。それと並び、彼の冷酷さを物語るエピソードと言える。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導】

検閲の現場となっている両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、中央から派遣された検閲団は、密輸業者にターゲットを合わせて調査を行なうと同時に、住民動向調査も並行しており、地域住民の間では不安が広がっている。

情報筋によれば、件の家族とつながっていた密輸業者や中国の脱北ブローカーまで暴き出すため、人員が中国に派遣されたという話も出ているという。

今回脱北したのは、朝鮮労働党傘下の地方機関の幹部の一家と伝えられている。当局は幹部の脱北については厳罰で臨んできたことから、少しでも関連があると目をつけられた幹部の多くが更迭されると思われる。

自分に火の粉が降りかかるかもしれないと恐怖を覚えた幹部や保衛員、保安員は、身の潔白を証明するため、脱北や密輸、中国や韓国との違法通話、韓流ドラマの視聴などをいっそう熱心に取り締まることが予想される。

国境警備隊は、塹壕を掘って監視を行い、国境に接近する者を取り締まるようになったが、これもその一環と思われる。

しかし、密輸などの違法行為が地域経済や権力機関の利権構造に組み込まれている現地の特性を考えると、厳しい取り締まりが長続きすることはなく、ほとぼりが冷めれば元通りになるだろう。そうしなければ、誰も生きていけないからだ。

また、当局が厳しくすればするほど、市民は事件の真相について知りたがるようになり、韓国や米国のラジオを聞こうとする欲求が高まり、当局が隠蔽しようとしていることがむしろ広まってしまう結果を生むのが今までのパターンだ。

実際、今年2月に起きた金正男氏殺害事件について当局は情報の拡散を防ごうとしたが、あっという間に広がってしまった。

(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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