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闇で蠢く北朝鮮「拉致組」の知られざる実態…金正恩氏が指示

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮の国家保衛省(秘密警察)が、脱北者を強制的に連れ戻す作戦を大々的に繰り広げているもようだ。

性犯罪の餌食に

咸鏡南道(ハムギョンナムド)のデイリーNK内部情報筋によると最近、韓国に住むある脱北者が本国に残してきた家族10人が姿を消したが、数日後に中国で逮捕され強制送還されたという。現在、道の保衛局で取り調べを受けている。

10人は韓国を目指して中朝国境を渡ったが、あえなく逮捕された。重罰は避けられないと見られる。

(参考記事:北朝鮮、脱北者拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

中国では以前から、公安当局が脱北者を摘発しては北朝鮮に送り返してきた。そのため、中国潜伏中の脱北者は誰からも法的保護を受けられず、人身売買組織や性犯罪の餌食になるという何重もの人権侵害状況下に置かれている。

(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

そして前述した10人の脱北者逮捕を巡っては、北朝鮮側が中国の公安局に脱北者1人あたり1万元(約16万6000円)の謝礼を払い、連れ帰ったという噂が国境地帯で広まっているという。

北朝鮮当局がここまでする背景には、金正恩党委員長の指示がある。

両江道(リャンガンド)の情報筋が米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、金正恩氏は昨年、中国・浙江省の北朝鮮レストランで起きた従業員集団脱北事件の報復として、韓国に住む脱北者を拉致してでも連れてこいとの指示を下した。

さらに今年3月には、市と郡の保衛局に「脱北を完全ブロックせよ」「脱北ブローカーを一網打尽にせよ」との指示を下した。それを受けて、国家保衛省は中国に「拉致組」を中国に派遣。要員は脱北者を装って脱北ブローカーに接近し、連れ去る。拉致が困難な場合は、殺害も辞さない。

中朝国境地域の事情に精通したデイリーNK情報筋によると、「拉致組」は吉林省延辺朝鮮族自治州の延吉、遼寧省の瀋陽、丹東などに派遣されている。彼らは中国の公安(警察官)をカネで抱き込み、脱北者の動きや居場所を探り、緻密な作戦計画を立てて拉致を実行しているという。

同時に北朝鮮国内では、脱北者家族に対する懐柔作戦が行われている。北朝鮮に残った脱北者の家族に対し、「(自発的に帰ってくれば)元帥様(金正恩氏)は許してくださる」などと説得するという。説得を担っているのは、当局に抱き込まれた一般住民だ。そのような工作に関わるのが本意でないと考える人がいても、当局に逆らえば自分のみが危うくなる。

説得された家族は、脱北した本人に「帰ってきても大丈夫じゃないか」と伝える。前述したとおり、中国に潜伏してうる脱北者の境遇は非常に危ういものだ。そのため「許してもらえるならば……」と考え、帰国してしまう脱北者もいるようだ。

帰国後、本当に脱北の罪を多めに見てもらえるかと言えば、とてもそうとは思えない。

一方、北朝鮮当局はこのような説得がうまく行かない場合、「逃げれば家族を殺す、戻れば家族と一緒に住めるようにしてやる」などと脅迫するという。

保衛省はまた、韓国に住む脱北者の携帯番号の入手に全力を上げているとされる。電話をかけて「北で家族が待っているぞ」と帰国を促すためだ。また、家族に電話をかけさせたりもする。

仮に、保衛省が脱北者の電話番号を大量に入手した場合、ほかの用途に使うことも考えられる。家族を人質に取られた脱北者がスパイ行為への加担を迫られた場合、はね付けるのは容易でないだろう。

そのようなリスクを減らすためにも、まずは中国や韓国における脱北者の境遇が、大幅に改善されなければならないのである。

(参考記事:「自由」の夢やぶれ韓国でも性的搾取…脱北女性の厳しい現実

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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