北朝鮮軍で反金正恩の「クーデター謀議」か…首都防衛の師団長ら

金正恩氏

超大国アメリカを向こうに回し、核兵器・弾道ミサイル開発の暴走を続ける北朝鮮の金正恩党委員長。強力な経済制裁下に置かれた国民からは怨嗟の声が上がっているとも伝えられるが、情け容赦ない恐怖政治に支えられた彼の権力基盤は、今のところ揺るぎないように見える。

しかし一部では、そうした見方を覆す情報も出ている。ごく最近、北朝鮮の軍内部でクーデターが謀議されていたというのだ。

過去にも、似たような事件が起きたことはある。1995年、朝鮮人民軍の少将がクーデターにより金正日政権を打倒しようとしたが、決行前に発覚。少なくとも幹部40数人が処刑され、すべての家族が収容所送りになった「6軍団事件」だ。ほかにも、旧ソ連留学組の数百人が粛清された事件も起きている。

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また同じ時代にはクーデターとは異なるが、圧政に非難の声を上げた労働者たちが、ことごとく戦車にひき殺された出来事もあった。

(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」

北朝鮮の人々は決して、体制に従うばかりのロボットではないのだ。

それでも、金正恩時代になりクーデター未遂の情報が出たのは初めてだ。核・ミサイル開発の進展を受け、関係国にかつてなく「北朝鮮の体制崩壊」を期待する雰囲気が強い時期だけに、気になる話と言える。

クーデター未遂の情報を紹介しているのは韓国のNGO、北韓情報サービスセンターの代表で、有力シンクタンクである世宗研究所の客員研究委員も務めるイ・ユンゴル氏だ。自身も脱北者であるイ氏は、北朝鮮中枢の人事動向に関する情報通として知られる。

イ氏によれば、ことが発覚したのは今年1月ごろ、首都・平壌の海の玄関口である平安南道(ピョンアンナムド)南浦(ナンポ)に駐屯し、首都防衛の重責を担っている第3軍団でのことだ。仮にこの部隊が決起すれば、一気に平壌が陥落することもありうる。

首謀者は、師団長を勤めていた50代のカン少将。北朝鮮の陸軍士官学校である姜健(カンゴン)総合軍官学校の出身で、在学中には同期の代表である大隊長を務め、卒業後も同期のリーダー格として一目置かれてきた。

謀議に参加したのは全部で17人。うち8人が第3軍団所属で、師団長、副師団長、師団参謀長、連隊長たちだった。

カン少将は7~8年前から、私的な集まりを持っていたという。当初から反体制が目的とされていたかは不明だが、金正恩氏が最高指導者の座についたころから、徐々に反体制的な色合いを帯びるようになったもようだという。彼らは今年の1月にことを起こそうと計画を練っていた。ところが、内部から密告者が出た。

一連の過程が組織指導部の軍事担当部署の知るところとなったのだ。金正恩氏と党組織は驚愕しつつも、外部に情報が漏れたら一大事になるとして、迅速かつ慎重にクーデター派の除去作戦が進められた。

金正恩氏は悩んだ末に、作戦の指揮を、検閲(監査)で不正や越権行為が指摘され、秘密警察トップである国家保衛相から解任されていた金元弘(キム・ウォノン)氏に任せることに決めたという。同氏が軍総政治局組織副局長などを歴任し、第3軍団の内部事情にも通じていたからだ。

金元弘氏はこれを失地回復の絶好の機会ととらえたようだ。軍の反体制取り締まり部隊である機動打撃隊と、護衛司令部の親衛隊である974部隊の人員を与えられ、1月中旬から下旬にかけてクーデター派を一網打尽にした。同氏はこの功を認められ、高官の地位に止まることができたようだという。

摘発されたクーデター派がどのような処罰を受けたかは詳らかでないが、ほかの軍高官が粛清された前例を踏まえれば、極刑を免れないのは確かだろう。

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ちなみに第3軍団は、処刑された金正恩氏の叔父・張成沢(チャン・ソンテク)氏の実兄である張成禹(チャン・ソンウ)氏が1996年から軍団長の座にあった。そのため、「張成沢の勢力と近い部隊」と見られてきた経緯があり、今回の事件との関わりについて精査する必要がありそうだと、イ氏は述べている。