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派遣労働者を無一文にする金正恩氏の「ピンハネ」システム

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

米国務省が先月27日に発表した世界各国の人身売買に関する報告書によると、北朝鮮は5万人から8万人の労働者を海外に派遣しているが、劣悪な労働環境、長時間労働、賃金の遅配、未払いなどで、国際的な人権問題となっている。

一方、こうした一連の問題は、北朝鮮でも広く知られるようになった。そのため、新たに労働者を募集してもなかなか集まらなくなっていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。

(参考記事:ロシアW杯の裏に「残酷物語」 北朝鮮労働者が受ける虐待

強制売春も

平壌の情報筋によると、朝鮮労働党39号室系の大興(テフン)管理局に属する外貨稼ぎ機関は最近、海外で働く労働者を募集するために、公共の場所にポスターを貼り出した。ところが、応募してきたのはわずか数人だったというのだ。

かつて北朝鮮の人々にとって、「海外組」は羨望の的だった。そのためコネを総動員し、ワイロを各所にばらまいてでも海外に行こうとする人が大勢いたが、わずか数年で状況は様変わりしてしまった。それもそのはず、口コミで悪評が広がってしまったからだ。

海外に労働者として派遣され、帰国した人々は、まともに外出もできない隔離された空間で、厳しい監視を受けつつ1日14時間もの長時間労働に苦しめられるなどといった、悲惨な実情を触れて回った。それが、口コミ情報ネットワークに乗って広く知れ渡ってしまったのだ。

現地ではあまりの苦しさに逃げ出そうとすれば、監視要員に捕まり、拷問されることもある。

(参考記事:アキレス腱切断、掘削機で足を潰す…北朝鮮労働者に加えられる残虐行為

また、北朝鮮レストランに派遣された女性が、強制売春をさせられるケースも報告されているため、特に若い女性は海外派遣を嫌がるという。

(関連記事:北朝鮮「美貌のウェイトレス」の苦しみとその行く末

個人単位ではなく、工場、企業所の従業員全体が海外に派遣される例もあるが、自分の子どもが派遣対象になっているのを知った幹部は、何としても行かせまいとワイロやコネを使ってリストから抜いてもらうのだという。数年前とは完全に逆の状況だ。

昨年4月には中国浙江省の北朝鮮レストランの従業員ら13人が集団脱北する事件が起きているが、自分の子どもに脱北されると、北朝鮮に残された親はどんな目に遭わされるかわからない。へたをすれば政治犯収容所に送られるかもしれない恐怖心から、子どもを海外に行かせたくないと思うようだ。

(参考記事:「幹部は私の腹にノコギリを当て切り裂いた」脱北女性、衝撃の証言

このような状況下で、中国に労働者を派遣していた北朝鮮企業や機関が撤退する事例が相次いでいる。

平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋によると、中国遼寧省の丹東で製造業に携わっていた外貨稼ぎ機関が先月末に撤退した。実績が良くなかった上に、労働者の怒りが渦巻き、危険な状況になったからだ。

この工場で働く労働者は、朝鮮中央銀行の口座への振り込みで受け取ることになっていた。現金を手にするには、帰国後に手渡されるキャッシュカードで引き出す必要がある。

しかしネットバンキングをできるわけでもなく、通帳の記帳もできないため、口座にいくら振り込まれているのか確認のしようがない。そして帰国後に口座の残高を確認して見て初めて、約束された額が振り込まれていないことに気づくというのだ。

それだけではない。当局は5月から、任期を終えて帰国した労働者を平壌旅行に連れて行くことにした。ところが、その費用は口座から無断で引き落とされる。労働者から少しでも多くのカネを巻き上げるための、慰安旅行を口実にした「ピンハネ」である。

労働者たちはこうして、知らぬ間にすってんてんになされてしまう。何年も苦労したのに、手元に残るカネがほとんどないとなれば、怒らない人はいないだろう。

かくして、海外で働こうとする人は減る一方だが、北朝鮮労働者に対する海外も徐々に減っていくかもしれない。中国当局が先月、一部の国内企業に対し北朝鮮労働者の雇用を停止するよう指示したからだ。対象は徐々に拡大しつつあり、中国から北朝鮮労働者が完全に締め出される日もそう遠くないだろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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