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金正恩氏、公開の場で異例の「幹部批判」…粛清政治の波が現場にも

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

金正恩党委員長が率いる朝鮮労働党(以下、労働党)は、現場に行けば行くほど機能が低下するという深刻な問題を抱えているようだ。北朝鮮の支配政党である労働党の機能低下は、国家運営に支障を来すことを意味する。

処刑前の動画公開

北朝鮮では23日から25日にかけて第1回全党初級党委員長大会が開かれた。初級党とは、党員が31人以上いる末端組織のことだ。名称からして初の大会となるが、注目すべきは大会で行われた議論の内容を報じた記事だ。朝鮮中央通信は24日付の記事で次のように伝えた。

「初級党の活動が党の意図と革命発展の要求に追いつけずにいる偏向と欠点が深く分析され、相互批判が辛らつに行われ、欠陥から教訓を汲み取って徹底的に克服するための方途が討議された」

かなり厳しい内容の議論が交わされたようだ。同時に、労働党中央が出す方針が現場に反映されず、党活動の機能が低下していることへの金正恩氏の苛立ちが透けて見える。基本的に北朝鮮国営メディアは、誇張した成果を伝えることはあっても、体制に不都合なネガティブな内容は報じない。そうした意味で今回の記事は極めて異例だ。

一方、金正恩氏は内部統制を強めようとする言動を度々見せていた。例えば昨年5月にスッポン工場を現地指導した際には、工場の管理不行き届きに激怒。カメラが回っているのも構わず怒り狂った。後にわかったことだが、同工場の責任者は銃殺された。激怒の動画を見た各機関の現場担当者は震え上がったにちがいない。

(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導】

激怒のスッポン工場現地指導は、金正恩氏の逆鱗に触れればどうなるのかということをアピールするには十分な効果があっただろう。しかし、正恩氏の恐怖政治は国家運営という側面で深刻な副作用を生み出している。

今、北朝鮮の権力に近い指導層は、「次は誰が殺されるのだろうか…もしかしすると自分の番かも?」という不安感や疑心暗鬼にとらわれている。側近たちは粛清、処刑に対する恐怖感から、金正恩氏に対して積極的に助言することを放棄し、無批判盲従を貫かざるをえない。

実際、労働党のそこそこのエリートでさえも、「出世したくない」という弱音を吐いていることが北朝鮮内部から漏れ伝わってくる。出世することは金正恩氏に近づくこと、すなわち粛清、処刑のリスクに近づくことを意味するからだ。

韓国に亡命した元駐英公使のテ・ヨンホ氏も、北朝鮮では地位が上がるほど統制が強まることを明かしている。テ氏は、その一例として北朝鮮では幹部に対する盗聴が日常化されており、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)元人民武力部長(韓国の国防部長官に相当)が処刑されたのも、自宅での失言が原因だったと明かした。

(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射銃」、人体が跡形もなく吹き飛び…

また、今回の大会では、「幹部からが党の路線と政策でしっかり武装するための活動を先行させず、党の決定を形式的に執行している欠陥が批判された」という。つまり、金正恩氏も労働党も、現場レベルで無批判盲従の空気が蔓延していることをある程度認識しているようだ。

金正恩氏は自身も参加したこの大会の結びの言葉で「党の活動において行政官僚化を決定的になくすための旋風を巻き起こさなければならない」と控えめに述べたが、大会自体は異例の幹部批判の場と言っても過言ではない。ただし、正恩氏の恐怖政治が労働党の機能を低下させている根本的原因だということは、あまり認識していないようだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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