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進むも地獄、退くも地獄…中国で脱北者を待つ過酷な境遇

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の国境警備隊

今年8月末に北朝鮮東北部を襲った台風10号(ライオンロック)は、北朝鮮だけでなく、国境を挟んだ中国吉林省の延辺朝鮮族自治州にも甚大な被害をもたらしている。

洪水により中朝双方の国境警備設備が破壊され、脱北者が急増。中国当局は設備の復旧を急いでいるが、中国側の住民の間では不安が拡がっている。脱北者の急増による治安悪化が懸念されるからだ。

若い女性を売り飛ばして

中国在住のデイリーNK対北朝鮮情報筋によると、中国当局は国境を流れる豆満江に面した龍井市開山屯で、鉄条網を立て直す作業を夜間にも行っている。また、別の現地情報筋によると、脱北が行われる可能性が高い地域を優先して、鉄条網の復旧作業を急いでいるとのことだ。

情報筋は「村の人々は北朝鮮から人が大勢やってきて、強盗や殺人を犯すのではないかと不安になっている」と語る。これまでも、飢えた脱北兵士による強盗、略奪事件が多発し、昨年3月には人質を取った籠城事件まで発生。当時、デイリーNKはその生々しい逮捕現場を捉えていた。

(参考記事:独占入手!中国軍に制圧・連行される「北朝鮮脱走兵」の現場写真

また、一部の北朝鮮軍人と中国の犯罪組織が結託した組織的な人身売買などが横行している。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、中国の犯罪組織と結託した売春斡旋業者は、北朝鮮国内の人身売買ブローカーに「若くてきれいな女性を送ってくれ。経験者でも構わない」と要求。ブローカーは、北朝鮮国内で売春に携わる女性を「中国に行けば大儲けできる」などと言って誘い、中国に送り出す。売春ではないが、なかには幼くして人身売買の犠牲となったケースすらあるのだ。

(参考記事:17歳で中国人男性に売られ…脱北女性「まだまだ幼い被害者が大勢いる」

こうした事情から、中朝国境地帯における北朝鮮のイメージダウンは著しい。

女性収監者に「性暴行」

開山屯の地元政府は、村の至るところに中国語と朝鮮語で次のような横断幕を掛けて、住民に注意を呼びかけている。

「隣国の違法越境民を助けたり、匿ったりしたら罰金500元(約7700円)」

「隣国の外国人に強盗、物乞いされたら、金品を差し出し、命を守れ」

水害発生の約1週間後に開山屯を訪れた日本人によると、地元政府や国境警備隊は、脱北者がやってくることを警戒してか、パトロールカーが数分おきに村を巡回していたが、上記のような横断幕は見かけなかったという。脱北者は、水害直後より状況が落ち着いた今のほうが増えているものと思われる。

中国公安が、脱北者の急増に頭を抱えているのにはさらに理由がある。図們市の脱北者収容所は、水害以降に脱北し、公安当局に逮捕された脱北者で溢れかえっている。もちろん、一度北朝鮮を離れた脱北者は、そう簡単には帰りたがらない。送還されれば、待っているのは過酷な取り調べ。とりわけ女性らは性的被害など耐え難い境遇に置かれる。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

北朝鮮の人々がおかれている過酷な状況を熟知している中朝国境の住民、とりわけ朝鮮族は長らく、脱北者を不憫に思って匿い、見逃してきた。地元の治安当局も、その存在に気付いても見て見ぬふりをしてきた。しかし、そうした温情も限界が来つつある。

生きるために北朝鮮を離れることを選び、命がけで中国に渡ったとしても、決して安住の地が待っているわけではないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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