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最高幹部を「見世物」のように殺す金正恩氏の軍事政策

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

金正恩体制になって、北朝鮮体制内における朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の地位低下が著しい。

先月、北朝鮮で開かれた第13期最高人民会議第4回会議では、国家最高機関として、それまでの国防委員会に替わり国務委員会が誕生。さらに、国防委員会の下にあった人民武力部も、人民武力省に改称された。

最高幹部も「公開処刑」

一般的に「部」は国防委員会の所属で、内閣所属の「省」よりは格上と言われている。明確ではないが、事実上の格下げと見て差し支えない。

これだけでなく、金正恩党委員長の北朝鮮軍に対する露骨な冷遇ぶりは、もはや「軍イジメ」と言っても過言ではない。その象徴として、まるで見世物のように殺されたとされる玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)前人民武力部長の例が記憶に新しい。

(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射砲」、人体が跡形もなく吹き飛び…)

こうした軍イジメは公式のセレモニーにも及ぶ。

「変態幹部」は軍人の真似

金正恩氏は今月7日、祖父・金日成氏の命日に祖父と父・金正日氏の遺体が安置されている錦繍山(クムスサン)太陽宮殿を参拝したが、これまでと違い軍服姿の朝鮮人民軍の幹部は1人も見られなかった。

軍事を最優先する「先軍政治」をスローガンに掲げる北朝鮮で、軍服姿で宮殿を参拝したり、ひな壇で軍事パレードを観覧することは自分の地位を誇示して再確認するための一つの手段だった。

金正恩氏の側近中の側近でありながら、変態性欲スキャンダルの醜聞に塗れた過去を持つ崔龍海(チェ・リョンヘ)氏は、生粋の軍人ではないにも関わらず、わざわざ軍服で宮殿を参拝したり軍事パレードを観覧した。その背景には、崔氏の自己顕示欲があると筆者は見る。

(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて…崔龍海の極悪性スキャンダル

軍の権威が、日増しに下がっているのは、金正恩氏が軍より、本来の国家運営の姿である「労働党を中心とした政治体制」を再構築したいからだろう。ただし、金正恩氏の軍イジメに対して、軍内部から不満の声が上がっていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

RFAに対し、平安南道(ピョンアンナムド)の40代女性は次のように打ち明けた。

「北朝鮮で一二を争う特殊部隊、軽歩兵旅団の兵士たちが、平壌市内の住宅団地『黎明通り』の建設工事に投入された。一般部隊と異なり、特殊部隊の兵士が建設工事をやらされることは、今までなかった。この命令を下された指揮官たちは、顔に泥を塗られたと怒りを露わにしている」

かつて軍は「先軍政治」をいいことに、「馬賊」と呼ばれるほど傍若無人に振るまい、民間人から恐れられていた。平安南道と中国と往来する50代の北朝鮮女性によると、90年代中盤ごろから、兵士たちが道路を塞ぎ、トラックに積んであった家畜を持ち去るなど、略奪行為が頻繁に起きるようになっていた。

協同農場や個人耕作地の収穫物を強奪したり、中国に不法入国してブルーベリーを勝手に摘んだり、食堂に押し入って食べ物や酒をせびるなど、やりたい放題だった。しかし、そうした軍隊でさえも、長引く経済難から末端兵士に栄養失調が続出。その実態は「飢える軍隊」と揶揄されている。実際、中朝国境地帯で飢えた兵士たちの略奪行為や脱北、そして殺傷事件は後を絶たない。

(参考記事:北朝鮮、軍内部で「殺し合い」…ミサイル発射の影で

金正日時代、先軍政治のスローガンの下、我が世の春を謳歌してきた北朝鮮軍だが、粛正・処刑を厭わない無慈悲な統制によって、もはや金正恩氏には逆らえなくなっている。

かといって、正恩氏がいきなり穏健派に変身したわけはない。弾道ミサイルを運用する戦略軍に対しては偏愛ぶりを示しており、武闘派路線を捨てたわけではない。むしろ、軍の一般部隊をあごで使いながら、独裁の暴走は加速している。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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