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北朝鮮、商売めぐり殺人事件に大乱闘も

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏と人民保安部(警察)の幹部たち

計画経済と配給制度が事実上、崩壊し、猛スピードで市場経済化が進む北朝鮮では、「市場」が庶民たちの生命線だ。ただし、その市場にすら入れない商人たちがいる。「バッタ商売」「ダニ商売」などと称される「露天商」だ。

彼らは、北朝鮮の商人の中でも最下層に位置する。市場で「売台」、いわゆるテナントを借りるのに必要な商売税(場所代、管理費)も払えず、またテナントを借りようにも空きがない。そこで、市場周辺の路上で露店を開いて細々と商売をせざるをえないのだ。

(参考記事:北朝鮮合法市場の外に広がる「ダニ市場」

こうした「露天商」を、金正恩第1書記は強く取り締まってきた。理由は「体面」。つまり「外国人観光客に見られたら恥ずかしい」ということだ。庶民生活の息吹を感じ取れる「市場」は、どの国でも外国人観光客に人気であり、その国の経済事情や生活事情を知りうる貴重な空間だが、どうやら金正恩氏は、庶民の市場や露天を「国の恥部」と思い込んでいるようだ。

一方、金正恩氏は露天商に対する規制や、思想面での統制は強めながらも、市場経済の拡大についてはある程度、認める方針をとっている。その背景には、以前は公権力に従順だった庶民たちが、金正日時代に比べても公然と反発するようになっている実態がある。

昨年6月には、取り締まりを行う保安員に対して商人たちが食って掛かり、死傷者が出るほどの大乱闘に発展した。

(参考記事:北朝鮮、商売人と警察の間で乱闘が発生 軍や秘密警察が派遣され鎮圧

北朝鮮で市場経済が拡大しているとはいえ、経済システムとしてはまだまだ未成熟である。商売ができなければ、「餓死の恐怖」に脅えなければならない。だからこそ北朝鮮の人々も、体を張って当局と闘っているのだ

当局も、こうした反発に配慮したのか、最近では強引な取り締まりではなく、市場を拡大して露天商をその枠内に引き入れようとしている。北朝鮮国内の複数の情報筋によると、当局は露天商を根絶するために、市、郡など全国で市場の面積を広げる指示を下した。

これまで思うように商売ができなった露天商たちは、この処置を歓迎しているだろう。同時に、ほっと胸をなで下ろす当局側の人間もいるようだ。市場の取り締まりを行っていた保安員(警察官)たちである。彼らは日頃から乱暴な取り締まりを行うことから、商人たちの恨みを買って報復の暴行を受けたり、殺害されたりする事件が後を絶たないからだ。

(参考記事:妻子まで惨殺の悲劇も…北朝鮮で警察官への「報復」相次ぐ

良いことづくめの「市場緩和」だが、かといって人々の生活が飛躍的に向上した わけではない。とくに権力基盤を固める過程にある金正恩体制の下、商売人たち も銅像、道路などの建設工事、政治関連の行事、農村支援などの動員で、商売に 集中できないからだ。また、動員されても賃金が支払われないため、「賃金上昇 が消費増加に繋がる」という当たり前のことができていない。

金正恩氏が本気で人民生活の向上を考えているのなら、市場緩和だけでなく、 まずは当局主導の偶像化事業の縮小を行うべきだろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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