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北朝鮮、自業自得の薬物汚染

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏と保安機関(資料写真)

北朝鮮で覚醒剤をはじめとする「麻薬汚染」が蔓延していることは本欄でもレポートしているが、またもや仰天エピソードが伝わってきた。なんと、麻薬を取り締まる捜査官、いわば「麻薬Gメン」が、中毒者に命を「救われた」というのだ。

9月中旬、北朝鮮の黄海北道で麻薬Gメンが「阿片」を所持していた軍人を逮捕したが、なぜかGメンはその場で卒倒しまった。実はこのGメン、「てんかん」の持病をもっており突如発作を起こしのだ。この時、逮捕されかかった軍人は、何を思ったのか所持していた阿片をGメンに投与。しばらくしてGメンは起き上がり事なきをえた。Gメンもさすがに「命の恩人」を逮捕出来なかったようで、軍人の麻薬所持容疑は不問に付した。ちなみに医学的にはてんかんの発作に阿片の投与は禁忌というオチがつく。どうやら、この麻薬Gメンは運が良かったらしい。

いずれにせよ、このちょっとした「イイ話し」は、多数の目撃者の口から瞬く間に北朝鮮全土に広がったが、治安機関は苦しい立場に追い込まれる。

金正恩第1書記は、頻繁に「麻薬を根絶せよ!」という指示を出している。いくら命の恩人とはいえ麻薬Gメンの行動は金正恩氏の指示に背いたことになり、当局としては何らかの処分を与えなければならない。現時点で麻薬Gメンが処分された情報はないが、同情の余地はあるだろう。そもそも北朝鮮の麻薬汚染は、北朝鮮自身がもたらしたものだ。

故金正日総書記は1992年から、麻薬での外貨稼ぎを目的にコードネーム「白桔梗(ペクトラジ)事業」を開始。国家機関も深く関わって製造された北朝鮮製の麻薬や「覚せい剤」は中国、日本でも流通されたが、中国側の厳しい取り締まりのため近年はめっきり減少した。これが北朝鮮国内で薬物が蔓延するきっかけとなる。麻薬の現物だけでなく、製造方法や原材料は存在あるが売り先はなく、自ずと国内に蔓延せざるをえなかったわけだ。

今回の仰天エピソードが物語るように、医薬品不足の北朝鮮で覚醒剤をはじめとする麻薬が「治療薬」のように使われている実情も麻薬蔓延に拍車をかけている。

治療薬どころか、なかには痩せるために覚醒剤を服用する、すなわち「シャブ・ダイット」にハマる富裕層女性もいるのだ。贅を尽くした高級幹部の妻たちが、「スリム・ボディをゲットするため覚醒剤でダイエットする」という本末転倒な話しだが、かつての日本でも同様のダイエットが流行したことがあった。また、ミイラ取りがミイラになったというべきか、麻薬を取り締まる保安員(警察)にも中毒者は増加しており、「麻薬中毒の保安員は、ラリッたままで夜間巡回をするのでヤクザや泥棒よりも質が悪い」と言われる始末だ。

今年の朝鮮労働党創建日(10月10日)は、70周年ということもあり、例年以上に治安維持が強化されたが、幹部向けの内部資料には次のような驚くべき記述があったという。

「平安南道のある夫婦が、麻薬を吸いながら乱交パーティを行った」

北朝鮮社会に蔓延する深刻な「薬物汚染」に、金正恩第1書記が、頭を悩ませていることは想像に難くないが、根絶するのは並大抵ではないだろう。いっそのこと「麻薬せん滅闘争」と、お得意のスローガンを掲げて公にキャンペーンを張ってもいいと思うのだが、国家機関が製造、流通に関わっていだけに、なんとしてでも隠蔽しなければならないのかもしれない。

金正恩氏は、「麻薬」という実に厄介な故金正日氏の「負の遺産」を受け継いでしまったのである。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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