北朝鮮の象徴、「金日成・金正日バッジ」を捨てた金正恩氏
きょう7月8日は、北朝鮮の建国の父・金日成主席の21回忌だ。命日にあわせて金正恩氏は、金日成氏の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿を参拝したが、その左胸に金日成氏と正日氏が描かれた「肖像徽章(バッジ)」は見られなかった。
これが何を意味するのかは、少し説明がいる。いくつかの種類があるが、バッジは北朝鮮全域に見られる銅像とともに金日成一族の偶像化の象徴であり、住民は全員左胸につけなければならない。下手になくしたり、傷をつけたりすると罰に問われ、脱北者の証言によればバッジをめぐって自殺騒ぎが起こったこともある。
とはいえ、経済難の北朝鮮ではこのバッジですら売買する住民がいた。すぐに現金にかえられる「プチ資産」として、かつては覚醒剤、今はバッジといわれる始末だった。
一方、金正恩氏が指導者になってからバッジをつけずに公式活動する人物が一人いる。ファーストレディの李雪主(リ・ソルジュ)夫人だ。デビュー時には、バッジではなくコサージュをつけたりと、ほぼバッジをつけずに公式活動に参加している。
彼女がバッジをつけない理由は「オシャレに対するコダワリ」につきると筆者は見る。そのスタイリッシュな洋装で北朝鮮の富裕層女性のファッションリーダーといえる彼女からすれば、「勝負服にダサいバッジなんかつけたくないわ!」といったところだろうか。また、そのようなワガママが許される存在でもあるということだ。
しかし、金正恩氏に李雪主夫人のようなワガママは、本来は通用しない。最高指導者として、そして金日成氏、金正日氏から続く世襲の三代目として、白頭の血統(金日成一族)を守って行く立場にいる限り、先代に対する尊敬の念は常にもたなければならない。また、それこそが、彼が北朝鮮の最高指導者である唯一の正当性でもある。
実は、正恩氏がバッジをつけずに現地指導するのは、この間、何度かあったが、金日成氏の命日の参拝に、肖像バッジをつけないというのは、やはり尋常ではない。そこには、独裁者の気まぐれというより、金正恩氏のなんらかの意志が感じられる。
その意思をここで推し量るのは無理だが、もしかすると金正恩氏は、祖父(金正日)と父(金正日)をさらに超越する存在になろうとしている、または、超越できるとと過信しているのではなかろうか。
そうでなくても、最近の北朝鮮では日増しに恐怖政治が強化され、幹部たちは萎縮し、誰も何も言いにくい状況になっているという。金正恩氏の独裁ぶりには、「金正日氏の時代はよかった。厳しかったが、とりあえず話しを聞いてもらえることが出来た」と金正日時代を懐かしむ幹部もいるぐらいだ。
恐怖政治によって、誰も進言したり反論できない空気を、金正恩氏が「祖父や父以上に、誰も反論できない存在になった」と過信していたとするなら、それはまさに寓話「裸の王様」以外の何物でもない。